Bridge to the Better 第一弾イベント開催!しかもデンマーク大使館後援

こんにちは。

BB2B初回イベント開催!

以前こちらでもキックオフの様子をお知らせしたのですが、

eitarokono.hatenablog.com

 

有志発起人5人と共に立ち上げた”越境”をテーマにしたコミュニティ、”Bridge to the Better”の初回イベントの参加者募集が始まりました!(応募はこちら↓)

bb2b-1.peatix.com

大手町で3×3 Lob Futureを運営するエコッツェリア協会の協力をいただき、同会場にて5月31日夜に開催します。 

題材はデンマーク

今回は、労働生産性が我らが日本より圧倒的に高く(OECD加盟国内5位。日本は20位!)、そして人口たった570万人しかいないにもかかわらず、世界でもプレゼンスを発揮しているデンマーク🇩🇰を題材にします。

一人当たりGDPも日本よりも50%近く高いのですが、何と言っても幸福度ランキングも2位だったり1位だったりするのです。とはいえ、若者ばかりで元気のいい国かというとそういうわけではなく、高齢化率(65歳以上の人口比率)は日本がダントツ1位の27%ですがデンマークも19%と、いわゆる先進国の範囲です。

そんなデンマークは昨今、書籍や報道などで日本社会の参考になるかもしれない国としてベンチマークの対象になることが増えてきました。

ですのでこの国を題材に、私たちの働き方、学校教育、リカレント教育、ヒュッゲ、福祉、キャリア、恋愛、SDGs などについての学びを深めていきます。

このコンセプトに対してデンマーク大使館より後援をいただきました。

当日は、デンマーク大使館より公使参事官のマーチン・ミケルソンさんと、デンマークに在住されているジャーナリスト、ニールセン北村朋子さんに登壇いただき、考えるきっかけを作りたいと思います。

是非参加ください。お待ちしてます!

なお、私たちが目指す状態はこんな状態です。

成長したい”はたらく人”全員が対象となりますので、遠慮せず是非”越境”してみてください。

今後に向けたアイデアも引き続き募集中です。

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平成泳ぎ納めに思う

こんにちは。

平成30年間続いたことと言えば・・・

あと40時間くらいで平成が終わる、というタイミングでこれを書いています。

ちょっと前、平成の泳ぎ納めをしてきました。

プールを往復しながら、なんとなく自分自身の平成30年間のBefore Afterを考えていました。

昭和64年のタイミングでは15歳の中学生だったので、体重とか体脂肪率とかで比較するとあまり意味のないことになるなー、なんて考えていた時に、「じゃあ、平成30年間続いたものって何だろう?」という問いに至りました。

シンプルに出てきたのが、僕にとってはやはり「泳ぐこと」でした。

平成30年間で、住んでる場所は岐阜の実家や東京都内、あと二度ほど中期の外国滞在を含めちょうど10箇所になります。

主な所属組織は、中学から始まり大学、会社・・・転職とか同時並行とか出戻り、買収、起業・・・まあたくさんです。

その間、良き友人や恩師、親族、仕事仲間などに恵まれやってこられました。

激動の時代、とかVUCA時代とか言いますが、よくまあ基盤をあっちこっち変えながらもここまでやってこれたな、とも思います。

一方で、自分のキャリアについて時々考えることとして「フラフラしてるな」って思われてるんじゃないかな、ってことです。

自分自身でも両親から受け継いだ価値観に照らし合わせると、「フラフラしてる」キャリアであり、当初望んだことじゃないのは明らかです。

社会人になって所属組織を変えていない人はたくさんいます。そしてそれはとても羨ましく、またとても素晴らしいことと思います。

その人の「軸」に当たるものが客観的に明らですしね。

じゃあ、この平成の30年間、自分に一切「軸」はなかったのか。

そう問うてみると、すんなり出てきたのが冒頭書いた「水泳」でした。

軸は「水泳」(笑)。

国の代表選手になったことはないし、インターハイにも行ってません。

競技力的にはお恥ずかしいレベルではありますが、小学4年生から干支が3回りするまで続いてます。高校時代と、特に大学時代は本当に没頭しました。

生活のプライオリティだったわけです。

水泳が人生に与えた影響

人生を変えるような転機でも、水泳は大きく影響しています。

  • 高校選択の時は、他にも色々と理由はありましたが、あの糸井大先生(後に息子さんの方が有名選手になるのですが!)がおられる名門!?岐阜県立岐阜北高校を選びました。<平成元年>
  • 大学受験の時に一人で上京した際には、高校の県大会のリレーで獲得した賞状を持参しました。(これは忘れていたのですが、糸井先生の喜寿をお祝いする会で先生から聞きました。そういえば、某商業高校にも勝った記憶が)<平成4年>。
  • 大学の時は、旧7帝大戦という対校戦の幹事校の主将として、今度のオリンピックでも使われることになる辰巳水泳場を借りて、大会を運営しました。会場手配から広告集め、当日の進行まで一連の運営を経験したのです。<平成7年>
  • この経験から電通という会社に興味をもち、入社することになります。
    しかし、絵に描いたような敷かれたレールの上を23年間歩んできたのに、ドロップアウトすることになります。最初の人事に対する不満から電通をすぐに辞めてしまい、「軸」を探すことになtたのです。<平成9年>

ここで、どうやら社会人としてキャリアを積んでいくには「水泳」という軸以外に何かが必要だ、ということも悟りました。(本来は当たり前なんですけどね)

ただ、同時にチーム運営の難しさや望まぬ人事を経験し、すでに「人・組織」という後年確立するもう一つの「軸」の萌芽は確実に芽生えていたのですが、この時は自覚していませんでした。

  • そして、アクセンチュアIBMという組織の中で、脇目も振らず働きました。その間、職場の内外でとても多くの皆さんにご指導いただきました。同じく職場の内外で偉大な元水泳選手との出会いもあり、その関係はいまだに続いています。<平成9年から現在まで>
  • その間も合間を縫って泳ぎ続けました。いつも泳いでいるブリジストンスイミングスクール品川との出会いもこの頃でした。<平成17年>
  • そして出版。
    これも大きな人生の転機なのですが、きっかけは水泳つながりです。ブリジストンスイミングスクール品川がアクアマリン品川だった頃、同じレーンで毎週泳いでいた水泳仲間の田中ウルヴェ京さんのご紹介で、初めての本の出版に至りました。<平成24年
  • 40歳を目前に入ったグロービスでも、なんと創業者の堀さんは競泳の国体選手。ここでも水泳部に所属してます。そしてそこから様々なネットワークが広がっています。<平成20年代後半から現在>

ここに書いただけでは足りないくらい、平成を通じて折に触れ水泳つながりだなあ、と思う瞬間が多く訪れました。

30年間よく続いたな、と思います。

今も毎週末泳いでいて、これがないと1週間がまとまりません。

よくも冬場の寒い時期に泳ぎに行くね、なんて言われますが、リズムになっているので一年中泳いで、体調や心のバランスを取っているのです。

水泳と切っても切れない人生なわけです。

水泳を始めた機会は、母が嫌がる僕を無理やり開業したばかりの近所のスイミングスクールに放り込んだことでした。

当然ながら、あの瞬間がここまで人生にとって重要なポイントだったとは当時は全く自覚してませんでした。

母にも感謝ですね。

感謝しつつ

さらに言えば、「平成」という時代の象徴として体を張って仕事をしてこられた天皇陛下の、ご自身の誕生日でのコメントにもあるように、平成が戦争のない平和な時代だったから、平和の象徴であるスポーツを続けてこられたんだと思います。

いみじくも平成7年、戦後50年の年に開催した前述の旧7帝大の水泳大会。

僕は幹事校の主将として、開会式の選手宣誓の大役を担いました。

この年は戦後50年というだけではなく、1月に阪神・淡路大震災、3月に地下鉄サリン事件があり日本国内が揺れに揺れた年でもありました。

神戸ポートアイランドにあったプールの建物が倒壊した煽りを受け、関西の大会日程がずれたため、7大学のうち京都と大阪が参加できない事態が起こったのです。

7大学揃わなければ7帝戦ではない、と不参加を検討する他大学もありました。

ここでも決断することを迫られました。21歳の青年にはそこそこ大きな決断だったと思います。

相談した大先輩方は「お前が全責任をもって判断したらそれを支持する」と言ってくれました。そして前代未聞の5大学の参加での実行に踏み切りました。

プリンシプルに則って判断することの大変さや重要さを学びました。

そんな背景もあり、件の選手宣誓では万感の想いを込め

「戦後50年のこの年に、平和の中で水泳ができることへ感謝をしつつ、国を作ってきた諸先輩方に恥ずかしくないよう正々堂々戦うことを誓います」

と宣誓したのを覚えています。 国立大学ですしね。

平成の30年間は自分的には沢山泳ぎました。ざっと計算して7,000㎞弱かな、と。

残りの人生泳ぎ続けますが、一年100㎞を維持して生涯10,000㎞を目指したいな、って思います。

平和の中で泳げること、そして水泳という素晴らしいスポーツに感謝しつつ、令和でも頑張って泳ごうかなー。

(このゴールデンウィークは、平成滑り納めと令和滑り初めのために山にきてますw)

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Bridges to the Better発足! 仲間も募集中〜

こんにちは。

実は最近、自分の会社の活動も少し活発化させつつあります。

”より良い”を追求してみる

以下のような会社を2年ほど前に立ち上げたのですが、その後サイトを作る際に改めて、自分が会社を通じて何を実現したいか、ということを考えてみました。

www.eight-arrows.comこんなことやりたいな、と考える中で思い浮かんだスローガンが

”Bridge to the Better”

です。

イノベーションは何かと何かがつながれば出来上がる、って思うこと多いのです。

例えば、業界をまたぐ。

例えば、世代をまたぐ。

例えば、コミュニティをまたぐ。

例えば、国境をまたぐ。

例えば、例えば、例えば。今までやってきた実績やこれからやっていきたいことを考えると、Bridgeとというキーワードが浮かんできました。

そして、それが良いことにつながれば。なので”Bridge to the Better”。

複数のNative English Speakersのチェックを受ける中で”Buildign Bridges to the Better”が韻を踏んでいていいな、ということになったので、会社のスローガンはこれにしました。

そして、ハッシュタグは#BB2B!

これを実現するには、コンセプトと仲間が欲しいと思って、まずは僕がお世話になっている人で、このコンセプトに同意してくれそうな4人の方々にお声掛けをしました。

青山フラワーマーケットでParkERsという事業を営む梅澤さん。

文化放送の長島さん。

IBMのぱちさん。

3(スリー)の吉崎さん。

いずれも、ご自身の仕事を持ちつつ、枠にとらわれない活動をされている人たちです。

年明けから諸々計画を開始して、飲み会などを経てまずはイベントを通じて世に問うてみて仲間を増やしていこう、ということになりました。

まずはやってみる。キックオフ!

多くの人たちのサポートを受け、4月12日にキックオフイベントを開くことができました。

イベントの様子は複数の皆様からのレポートがあるのでそのリンクをつけておきます。

まずは、ぱちさんの。

www.ibm.comあと、参加してくれた大学生のお二人のログ①

eitarokono-off.hatenadiary.jpそして、ログ②

eitarokono-off.hatenadiary.jp

ありがたいことです。

僕が冒頭コンセプトとしてお話ししたのは次のようなことでした。

シンプルに資料としてまとめておきましたので転載しますね。

 

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そして、次回は5月31日にデンマーク🇩🇰大使館後援(公式に取れたんです!)のイベント!

国を超えて活躍する人たちのお話を聞きつつ、日本社会のベンチマークとなりうる国について考えてみれたら、と思います。

是非多くの皆様のご参加を!詳細は追ってお知らせします。

お仲間募集〜!

 まだまだ、手探りだし、このてのことの運営ノウハウって僕の中になくって。いろんな人の力を借りて進めているわけですが、できましたら、さらに多くの皆様のお力を借りられたらな、って思います。

興味がある人は、運営側・参加側問わず連絡ください!

 

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「口癖」「書き癖」は行動様式に現れる

こんにちは。

スピリチュアル?科学的?

「言霊(ことだま)」っていう表現をご存知でしょうか。

辞書的には「言葉に内在する霊力。」だそうです。

一般的には「言葉にすると、それが現実化する」というような文脈で語られることが多いのではないか、と理解しています。

もちろん、スピリチュアルな観点では僕は語る資格はないのですが、意外にこの「ことだま」の影響って現実にも(科学的にも?)ありうるのではないかって思うのです。

どういうことかというと、自分の言葉を一番近くで聞いているのは、言葉が発せられる「口」からほんの数センチの距離にある自分の「耳」です。

書き言葉にしても、書いた途端に最初にその文字を読むのは自分の「目」です。

つまり日頃から発している言葉や、書いている言葉って何度も聞かされ、見せられていると、知らず知らずのうちに自分の行動に大きく影響しているのではないか、と思うわけです。

「とりあえず」ではなく「まず」と言う

これは著書にも書いたし、よくお話する内容なのですが、僕がキャリアの駆け出しの頃実際に経験した話です。

当時の僕は、優秀な若手でありたいと頑張っておりました。

実際に積極的に手を動かしたり発言したりしてたのですが、資料作成の方針の打ち合わせをして、そのあと作業分担に入る、という時に、

「わかりました。とりあえず、僕これとこれやります」

と分担を積極的に受けとった時のことです。

と、その時その場にいた先輩から意外な言葉が返ってきました。

「河野の仕事って、とりあえずのやっつけ仕事なのか?」

と。

自分の行動は積極的に前に出てチームに貢献するものだ、褒められこそすれ攻められるとは。若い僕としてはカチンときて

「そんなわけないですよ。じゃあ、なんていえばいいんですか?」

と返しました。と、その先輩は

「『とりあえず』じゃなくて、『まず』って言ってみろ。そしたら自然に『次に』って言葉が出てくるはずだ」

と言うのです。

当時は、生意気でしたが素直でもあったので、この瞬間「へーー」と納得してしまいました。

確かに。

一日のうち、なんども「とりあえず」「とりあえず」を連呼している人と、「まず」「次に」、「まず」「次に」を繰り返している人だと、長〜い間に大〜きな差がつくように思えたのです。

その視点で周りを観察してみると「とりあえず」「取り急ぎ」を連呼している人はどことなく「やっつけ」の行動が身についているように見えます。

「まず」「次に」、「まず」「次に」を繰り返していれば、自ずと行動は習慣化して、未来志向になるはずなんじゃないか、と。

データでの証明はできていないものの、単に「そんなのスピリチュアルなお話だ」、で片付けるほど瑣末なことでもない気がするのです。

とりあえず、そもそも、どうせ

そう考えると、ちょっとした言葉の口癖、書き癖も、実は行動に大きく影響しているのではないか、と思えてきません?

そしてまた、口癖、書き癖は、自分ではなかなか気がつかないものです。

以前、自分がラジオに出た時に後からその音源を聞き直した時に気がついたのが「おかげさまで」という言葉を多用していることでした。

その時、かつて書籍が売れた時に、絶対に有頂天にならないようにしようと決めて、その言葉を使い始めたことを思い出しました。

他にも、別の人が書いた原稿を読んだ時、この人「そもそも」が多いなあと感じたことがあります。

またある人は自分で「所詮XX、されどXX」と常に考えるようにしている、と仰っていましたがXXを過信はしないが、重視すると言う意味で使われていました。

そう考えると「どうせ」と言う自分を卑下する言葉や、「めんどくさい」「疲れた」「ムカつく」など、つい使ってしまいがちな言葉ってありますよね。

もし、このような言葉を使っていることに気がついたら、意図して未来志向の言葉に置き換えてみてはいかがでしょうか。

ちょっとしたことかもしれませんが長い間に、大きな違いが出てくるかもしれませんよ!

皆さんはどう思われますか?

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全てのビジネスパーソン向けの書『会社を変える分析の力』河本薫著

こんにちは。

今回も読後感です。

データ分析によって会社を変える

今から5年以上前の出版物ですが、以下のような本を読みました。 

会社を変える分析の力 (講談社現代新書)

会社を変える分析の力 (講談社現代新書)

 

ちなみに、アマゾンの書影ではわかりませんが、実物の帯はこんな感じ。

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日経情報ストラテジーから、データサイエンティスト・オブ・ザ・イヤーを贈られたようです。(多分著者の方が。)

著者は大阪ガス株式会社の情報通信部ビジネスアナリシスセンター所長の河本薫さん。

タイトルや帯の触れ込みからして、一見、いわゆる理系的な内容で、一般ビジネスパーソンには縁の無いような印象を受けるかもしれません。

しかし、実際に内容を読むと、一切そんなことはありません。

むしろ5年以上前の書籍とはいえ、今後を生きる全てのビジネスパーソンに必要な内容だ、と言うのが僕の読後感です。

「目的合理性」に立った分析

特に印象に残ったのは、こちらの図。

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 ビジネスにおいてでデータ分析は、なんのために行うのか、を冷静に根本的に考えると、ビジネス上の課題を数的根拠を用いて、解決するためです。

すなわちここでは、データを分析した結果や、分析のためのモデルが、組織のそれぞれの層で日々無数に行われる意思決定に貢献して、当初設定した課題の解決に活用されること、にあります。

これ、言われればあったりまえのことですが、なかなか実行できないのが現実です。

僕がいつも唱える、「目的合理性の担保」、「シンプルだけどイージーじゃないこと」の典型です。

簡単じゃないことの理由も著者はわかりやすく説明してくれます。

適切な意思決定のできる組織へ

冒頭の帯に描かれている絵にも出てきた「データの壁」「分析の壁」「KKDの壁」「費用対効果の壁」といったいくつかの壁が存在するのです。

実務の経験があれば、それらの壁はよく実感できます。分析する側や、それを活用する側ないしは意思決定する側それぞれが超えなければならない壁です。

これらも、全てただ漫然と読めば「ああ、その通りだね」と言う内容です。

ここでも重要なのは「そんなの分かってる」という評論家視点ではなく、「自分ごと化」とか「当事者意識」です。

この「壁」以外にも、

  • 「問題発見力」→「分析力」→「実行力」

といったデータ分析でビジネスを変えるために求められる力とか、分析力を向上させるための「4つの問い」、とか「分析者9カ条」など、著者が実務を通じて整理した実践的なノウハウや心がけが記載されています。

これがまた、わかりやすい。

もちろん「データ絶対主義」のようなスタンスをとってはいません。先に出てきた「KKDの壁」のKKDというのは、K(勘)とK(経験)と度胸(D)の略語なのですが、「壁」としつつも、KKDのもつ意義についても明言されています。

非常にバランスの取れた内容となっていると感じました。実際に分析作業をする人も、そうでない人も理解しておくべき内容がふんだんに盛り込まれています。

これらの考え方が「共通言語」になっている組織はいろんな場面で強さを発揮するんだろうなと思います。

新書版で200ページちょっとです。是非手にとって見ていただければ。

皆さんはどうお感じなるでしょうか?

他人と比べず、自分の基準を持つ(って難しいけど)

こんにちは。

同学年のスーパースター

よく、日常会話で世代や年齢の異なる人に向けて、自分はどの年代の人間であるか説明するときに、有名な人で例えること、ありますよね。

僕は1973年生まれです。

その時代に物心ついていたり、大人として活躍していた人に向けてなら「オイルショックの年です」とお伝えするのが一番わかりやすい。

あとは「僕の一歳の誕生日に、長嶋茂雄選手が『永久に不滅です』という引退スピーチをしました」とお伝えすると、おーなるほど、と言ってもらえます。

が、同年代や若い人たちにはその手は使えません。

若い世代でも、よく知る同年代の有名人・・・

となると、最もわかりやすかったのがプロ野球イチロー選手でした。誕生日は確か1週間くらいしかかわりません。

同い年なのに、二十台の若者に混じって走ったり跳んだり、打ったり投げたりしている人がいるというのは尊敬に値するし他人なのに誇らしい。なんかプラスのエネルギーをもらっていた感じがしました。

だから、先日の彼の現役引退は、僕ら1973年生まれの人は感慨深い思いを持って受け止めた人、多いと思います。

当然かく言う僕もその一人でして、引退試合や記者会見は見られるものは見ましたし、ネットで全文掲載してくれたので、改めて読んだりしました。

dot.asahi.com

人との比較ではなく、自分基準での評価

普段から、キャリアや働き方について考える生活をしているため、どうしてもその視点で見てしまうわけですが、イチロー選手の「生き方」について問われた時の、以下の答えが非常に印象深く残りました。

『人より頑張ることなんてとてもできないんですよね。

 あくまで測りは自分の中にある。それで自分なりにその測りを使いながら、自分の限界を見ながらちょっと超えていくということを繰り返していく。そうすると、いつの間にかこんな自分になっているんだという状態になって。』

比較対象は自分の限界である、と言うわけです。

決して誰か他の人や、他の誰かが与えた何かではない、と。

なるほど。頭ではすぐに理解できます。すごくシンプルですので。

とは言うものの、じゃあイージーなことであるか、と言うと全然イージーではない。

我々は幼い頃からいろんなものと比べられて育ってきています。

「同級生の〇〇ちゃん」との比較から始まり、偏差値とかなんとかランキングの中で育ち、「学生らしさ」などの「らしさ」との比較が始まります。

そして「まっとうな社会人」とか「世間さまの目」、相対評価などとも。これだけ長い間色々なものと比較されると、その呪縛から逃れるのは簡単ではない。

一般的に「比較される」と言うことは、自然に自分も誰かを「比較評価しちゃっている」わけで、自他共にかなりのインパクトで我々の行動を制約していることは間違いないです。

僕自身も若い頃は結構、そういうことありました。その結果、焦ったりマイナスの嫉妬をしたり、なんだかわからないプレッシャーを勝手に感じてしまったり。

当時はまだSNSの広がりもなかったので、入ってくる情報も少なくて比較対象も少なくて済んだのですが、今の時代だったらさらに焦ってたのかなあ、なんて思います。

また、比較しなくなるというのは、常に良いことかというと必ずしもそうではないと思っています。

他人との比較が唯一のモチベーションの源泉だった人が、もし一切他人と比較しなくなったら、成長が止まるわけですからね。

イチロー選手の凄さはそこなわけです。

勝負の世界にいるにも関わらず、他の選手との比較ではなく、そして他の誰かが設定した何かとの比較ではなく、「自分の限界」というものとの比較をしているわけですから。

シンプルだけどイージーじゃない、ものすごい比較対象です。

それもかなり若い頃からその片鱗があったというのがさらに驚きです。

おそらく、自分の限界との勝負となると、周りからのノイズは聞こえにくくなるとは思うのですが、そこはあっちこっちから追いかけられるスーパースター。周りもほっとかないわけですから、プレッシャーは半端ないと思うんですけどね。

どんなメンタリティーの持ち主なのか、本当に興味があります。

僕も、この同学年のスーパースターの姿勢を見習って、誰かとの比較や世間の常識ではなく、自分自身で立てた目標にさらに近づいていけるといいなあ、と思う桜が咲き誇る年度末の静かな夜なのでした。

みなさんはどう思われますか?

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平成「体育会」考

こんにちは。

思うところあり、ちょっと古風な思索を巡らせてみました。

「体育会系」は悪か?

ここ数年、特に2018年はいわゆる「体育会」という概念、思考法、組織文化、行動様式がかなり評判が悪かったように思います。

少なくとも僕が目にした文脈では、思考停止の典型であったり、理不尽の象徴であったり。そんな描かれ方をしていました。

僕は、いわゆる体育会系学生、すなわち運動部の活動を生活の最優先事項として学生時代を過ごしました。伝統に関していえば国内ではダントツに長い水泳部の主将を務めた経験があります。

そんな僕自身の学生時代を含め、先のような批判を受けるに値するような思慮に欠く行動があったことも認めざるを得ません。(あくまでも、僕個人の問題かつ考え方です。)

また、当時の悪しき伝統や至らなさを次の世代の若い人たちが、知恵を使って改善していることもよく知っており、それに賛同し応援もしています。

この一見変節とも思える考え方の転換は、多分に社会に出てからいわゆる「体育会系」とは程遠い、むしろ対極の文化を持った組織(主に「ガイシ系」と呼ばれるエリア)でキャリアを築いてきて、嫌が応にも視野が広がったことにも起因していると思います。

社会に出た初めの頃は思考や行動のギャップに苦しみながら、色々考え、つどつど自分の中で整理してきたわけです。

そんな背景のもと、今回改めて、ちょっと考えてみました。

  • 昨今世の中で言われる「体育会系」というレッテルは本当に正しい見方なのか?
  • 「ガイシ系」経験を経た今の目から見て、全く参考にならない意味のない組織文化なのか?

そういう観点で考えると、そんなことはない、って思うんです。本来の体育会には理不尽さや思考停止などではない、もっと崇高な精神があったと信じています。

巷で体育会系と混同される”ブラック”組織は、本来の体育会の精神とは真逆の考え方だと思っています。

なので、ルールを違えることは許されないし、嫌がる人に何かを強制するのはやるべきでないということは前提です。

本来の「体育会魂」的なもの

体育会の圧倒的な意義として、三つほど重要なポイントをあげられます。理論として整理しているわけではないので、列挙になります。

いわゆる「体育会」で若い頃の多くの時間を過ごしてみて、こんな学びがありました。

  • チームの仲間は絶対に裏切りません。
    そんなの当たり前じゃないか、と言われるかもしれませんが、僕は社会人生活の中で、平気で人を裏切る人を見てきました。
    積極的、消極的どちらの意味でも人を裏切る人は多いものです。
    しかし本来の「体育会系」は、例え意見が違おうとも、同期はもちろん先輩であろうと後輩であろうと、チームのメンバーよりも他の人を優先することは絶対にありません。同じ釜の飯を食った人は守り通すと言うのが体育会のオキテ(笑)ですので、体育会の人は絶対に裏切りません。
    もちろん切らなきゃいけない時はあります。ただし「裏」切るのではなく、正面から切り掛かります。
    同時に、裏切った者は「基本的には」許さないし、「ずるい」とか「卑怯」な行動は最も信念に反する行動ですので、誤魔化したり謀略的に動いたりするなどの行為、これについては怒りとともに心底嫌悪します。

 

  • 一つのことを深く究めようとします。
    学生時代のほぼ全ての期間にわたり、ある競技に打ち込むわけです。食事、睡眠、栄養、思考全てがそれぞれの目的を達成するために研究し尽くされます。文字通り「四六時中」「寝ても覚めても」そればっかり考えるクセがついています。
    社会に出て、寝ても覚めてもある一つのことを突き詰める人材が不要なはずもなく。
    物事を極めるために既存の枠を外れ、海を渡ったり、法律を改正したり、事業を始めたりする人も多いです。
    巷に誤解のある、ゲタを履かせてもらって入社した企業に定年までぶら下がる、というのは体育会精神に反します。

 

  • 社会の役に立つことを旨としてます。
    これは、解説が必要だと思います。
    体育会の学生は、学生時代から何十年も上の大先輩と交わる機会が何かと多いです。時に杯を酌み交わし、時に(不謹慎かもしれないですが)その方とのお別れも経験し、活きた歴史を知り社会を知るわけです。
    また、校歌や応援歌、部歌や寮歌などを耳にしたり自分で口にする機会が圧倒的に多くなります。そうすると自然と建学の精神や、会うこともなかった大先輩の熱い想いに触れることになります。そういう力のあるコトバに接すると、自然に考えますわな。どういう想いでこの詩や曲を作ったのか、って。
    大抵は国や社会、世界のあり方をより良くしようとして教育機関を作るわけです。並大抵のエネルギーであるはずもなく、そういうエネルギーに接すれば、当たり前のようにあるべき社会の姿や、それに対する自分の姿勢を考えるようになるわけです。

ご覧になって分かるように、「まっすぐ」とか「紳士」「武士道」と言った言葉が当てはまりがちな人を生産する集団なわけです。

当然です。「そうあれかし」と育てられていますので。

これが、尊敬する代々の先輩から僕が受け継いだ、一般用語でいう「体育会魂」です。

平成の次の「体育会系」

ただ実は冷静に考えると弱点もあって、いわゆる体育会集団は、かつてのようなモノカルチャーの時代は力を発揮してきましたが、現代の環境に十分に適応しているかというとそうではない側面も多いです。

端的に言えば、「オキテだろ!」って言っても日本人以外の人は「は?」と思うでしょう。「裏切る」の定義も、文化によって全然違うでしょう。

平成の次の時代を生きる、新しい世代の「体育会系」の人たちは、受け継いだものの上に、少し知恵を加えた考え方を身につけて行かなければならないのが現実です。

ま、体育会系の弱点≒自分の弱点でもあるわけで、その辺りを改良していかなければなあ、と僕自身考えることがここ数年増えているってことなんですけどね。

著作などを通じた発信活動・社会への提案活動の原点には、このような背景もあるんです。

皆さんは、どう考えるでしょうか?

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