「いまさら」読書 〜「三国志」とか「深夜特急」とか〜

こんにちは。

読書体験の一部欠落

ここ数週間で立て続けに、最近読んだ本の話をして「今更ですか!?」と言われる経験を何度かしました。

学生時代から、社会人にかけて常に本は持ちあるいているタイプでした。

だから読んだ本はそれなりにあるのでしょうが、実は肝心の部分が抜けている感覚を持っています。

メジャーな読み物で読んでないものが結構あるのです。

人と会話したり、講演などを聞いたりするときに、前提知識として本の話題になったり、登場人物になぞらえて会話されることがあります。

特に最近お会いする人たちは、読書家であるケースが今まで以上に増えているため、会話の中で、時々スポンっと抜けている読書体験があることに気づかされます。

今回もそんな感覚でした。

先日、ある人(というか、父ですが)に薦められて「深夜特急」を読みました。

いやあ、非常に面白かった。

これ、もっと若い時期に読んでいたら人生変わっていただろうなあ、と思うような一冊です。

人生を変えた一冊って誰でもあると思います。

僕自身もそれなりにあるのですが、残念ながら(幸か不幸か)沢木耕太郎の「深夜特急」は手に取らなかったのです。

メジャー中のメジャーなんですけどね!

当たり前のようにタイトルや作家の名前は知っていましたし、書店(おそらく大学生協だと思います)で平積みになっている時期もあったのをよく覚えています。

でも、なんだか天の邪鬼であえて手に取らなかったのも同時に覚えています。

ある会合で「いやー、深夜特急最近よんだんですが、おもしろかったです」という話をしたら、周りに座っていた人たちから「今更ですか!?」という反応を多数頂きました。

まあ「その話を誰に恥じることなく、人に話せるあなたに好感を持つ」とも言われましたが。

他にも告白すると、夏目漱石の「それから」も最近読みました。実は読んでませんでした。

また、マンガですが「三国志」「キングダム」をまとめ買いして読み始めました。

結構話題に出てくるんですよね。読んでないと、周りの会話が盛り上がる中、何を意図して話されているのか自分だけ分かっていない、というシーンに遭遇することも多いのです。

ノーベル賞受賞をキッカケにカズオ・イシグロの「日の名残」もやっと読みました。

他にもたくさん、「いまさら」読書体験や、「いまさら」でも読みたいリストはあるのです。

それに「いまから」読みたい新刊がどんどん入ってくるから追いつかない。

”ために読む”本と、目的のある読書

40歳超えて「いまさら」ではあります。

とはいえ、「いまから」でもやっぱり基本はおさえておきたいなあ、と思って。

目的はなんですか?と問われると、本によっては「◯◯のため」と明確に言えるものもありますが、読むこと自体が目的のものもあります。

以前自分を称して「体育会系文学青年」と言っていた時期もあるのですが、自分の中に社会科学系と人文科学系の両方の要素をよく感じます。

それが、日頃のビジネスの行動に吉と出ているのか、その逆なのか迷うのですが、まあ持って生まれたモノは今更変えられないので受け入れるようにしています。

なんでビジネスと直接関係ないように見える文学小説を、忙しい中でも読みたいと思うのでしょうかね。
一見非合理のようにみえるのですが、説明できないだけでなんか意味があるように思うのです。

「説明できない=非合理」なのかもしれませんが、合理的に感じるのはなぜなんだろう。

これからも、欠落を埋めるためなのか、人との会話をより豊かにするためなのか、はたまた単なる自己満足なのか、うまくは説明できないのですが「いまさら」読書に勤しんで行きたいと思います。

そもそも"Nothing is too late to start"という非合理な言葉が僕の座右の銘なので。

皆さんは、読書についてどうお考えでしょうか?

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バタフライってもともと平泳ぎだったって知ってます?

こんにちは。

平泳ぎのルールは「左右対称」

本稿の過去記事を見ていて、競泳の個人メドレーメドレーリレーの種目の順番のちがいについてコメントしたものを見つけました。

そのときに、また得意の連想ゲームでバタフライが生まれてきた経緯って、これまた意外に身近なイノベーションだよな、つまり、実務や生活で使えるよなって思ったので、ここに書いておこうと思います。

もともと、競泳の種目は主に3種目でした。

平泳ぎ、背泳ぎ、自由形(≒クロール)です。

ルールはとてもシンプルで、

平泳ぎ:左右対称であること

背泳ぎ:ずっと上を向いていること

自由形:それ以外。

だったわけです。

ルールの範囲でのイノベーション

20世紀の始め、このルールの範囲でオリンピックが開催されていたのですが、タイムを上げるために必死に努力する人の中で、いろいろなことを考える人が現れ始めました。

その中でも最たるものが、このバタフライ誕生秘話です。

バタフライ - Wikipedia

要するに、

「平泳ぎは左右対称なんだから、手をかく時に、現在の平泳ぎのように手を前に持ってくる時に水中を経由するのではなく、空中を経由すれば水の抵抗が少なくてすむわけじゃん!」

と考えて、猛烈な訓練をして実現してしまったヤツがいたのです。

上記のWikipediaによると、オリンピックでは1928年のアムステルダムで銀メダルをとった選手が最初らしいです。

それで、あれよあれよと記録がのびて、1952年のヘルシンキオリンピックではほとんどの平泳ぎ選手が現在のバタフライ的な泳ぎになったそうです。

「これって、別の種目じゃないの?」

ということで、現在の平泳ぎ(手を水中経由で前に戻す)と、バタフライ(手を空中で前に戻す)という2種類の左右対称の泳法が出来上がったというわけなのです。

実際今では男子の100Mの世界記録で見ると、バタフライは平泳ぎよりも8秒近く速いタイムになっています。

ここでのポイントは、同じルールのなかでも少しだけ視点を変えてみると、出来ることっていろいろあるんだな、って思うんですよね。

これって、あるいみすごくないですか?それでいて、コロンブスの卵じゃないですが、やってみたらそんなに難しいことでもない。

ただ、気がついて、実行するだけ。

イノベーション向きの日本人!?

「決まりだから、こうしないといけない」とあきらめてしまう前に少しだけ立ち止まって考えてみると何か余地があるのではないかと思うのです。

状況に対して後追いで、公的機関(競泳だったら国際水泳連盟)にルールをつくらせるくらいの話になれば、武勇伝ですよね。

ちなみに、上記のバタフライの件でも、いわゆるドルフィンキックを考えだしたのは日本選手だった、と言われているそうです。

それ以外にも、平泳ぎで潜水泳法で記録を伸ばしたのも日本選手でした(後に、常にアタマを水面に出していなければならないというルールができました)。

背泳ぎのバサロキックを30メートルやって金メダルをとったのは現在のスポーツ庁長官の鈴木大地さんですし、同じく30メートルのドルフィンキックをやって世界を驚かせたバタフライ選手も日本人でした。これも後にルールで15メートル以内などの制限が設けられました。

ビジネスの実務の中でも、なにかそういうことって見つけられませんかね。

私の知っている大先輩で、契約書一枚につき与えられるインセンティブが発表されたときに、お客さんと交渉して案件を百分割して契約書百枚作ってたくさんインセンティブをもらったツワモノもいらしたそうです。(あ、委細はシンプルな例にしてあります。念のため)
もちろん、翌期からルールがアップグレードされましたが!

 ルールの範囲内で工夫する、って僕たち日本人に向いているのかもしれません。

皆さんの周りにも、そんな例って無いでしょうか?

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純粋さとか、若さとか、一生懸命とか一心不乱ってやつ

こんにちは

関東の小学校では特に運動会のシーズンですね。

アツい戦い(?)

週末は大変天気も良く、僕も保護者として観覧してきました。

熱戦が繰り広げられ、中には負けて悔しくて涙を流す少年少女たちがいて、そんな姿に心から応援したくなります。

どの保護者の方も同じなのかもしれませんが、観戦している間にタイムトリップして自分の小学生時代を思い浮かべるのが僕の常です。

僕の場合はくっきりと2つのシーンが思い浮かびます。どちらも運動会競技そのものとは違いますが…

1つは、小6の時に運動会の翌日にぶっ倒れたこと。

もう1つは小2の時に、一学年上の4人にボコボコにされたこと。

常にトップギアの若者

小6の時のことは、こんな感じです。

小学校生活最後の運動会は最初から最後まで全力投入で頑張ったのでしょう。小学生だから翌日に響くから抑えめに、なんて考えません。

当時は平日に開催され、翌日は普通に授業があったはず。

黒板を見ていたら視野が暗くなって、頭がボーッとしてきて、気分が悪くなり、手を挙げて許可を取って保健室に行きました。

途中すれ違った先生に「おい、顔真っ青やぞ!大丈夫か?」と声をかけられたのを記憶してます。

結局、若いから、少し休めば回復したんでしょうね。それ以後は特別な記憶もないのでそれだけで終わったんだと思います。

社会人だったら、「ぶっ倒れるまで打ち込んだら、周りに迷惑かかるだろう。そういうのはプロって言わない」などと言われそうですね。ってか今の僕なら言ってると思います。

とは言え、ぶっ倒れるまで打ち込めること、持ってられるのはホント羨ましいし、素晴らしいことだなとも思ったりします。

で、意外にそういう面を今も備えている自分に気付くこともあります。

いつも基本は少数派

もう1つの小2のときのことは、こんな感じです。

秋の運動会は小学校主催のと地域主催のと二種類あったのですが恐らく後者だったと思います。なぜなら記憶の中に学校の先生が全然登場しないから。

シーンは運動会が行われてるトラックの少し離れたところ。観戦してる僕に上級生が「なあなあ、ちょっと来て」と手招きします。

当時の顔も記憶してるし、4人とも漢字で名前が書けます(笑)

呼んでもらって嬉しかったので「なになに?」とついていきました。

案内されたのは砂場。

「もしや」と思って砂場の真ん中あたりに目を移すと、どうやら大きな落とし穴が掘ってあって段ボールでフタがしてありました。その上に砂で目隠しがしてある様子が見て取れたのです。

当然、こちらはその穴を回避する行動に出ます。が、その気配を察知した4人は僕を取り囲んで組み伏せ、穴に無理やり押し込もうとしました。(この時点で「落とし穴計画」は企画倒れなのですが…)

さすがに不意打ちの四対一は、勝てません。砂を頭から被せられるので目や口、鼻に至るまで砂が入ってきて…

この時点でアドレナリン出まくりです。というか、今でも思い出すと脈拍が上がってきます。

当時の僕は一旦その場からの離脱を試みました。走って逃げました。

そして、親がいる見物席に戻ろうとはしてみたものの「勝つまで帰ってくるな」って言われそうだし…

何よりもだんだんカーッとアタマに血が上ってきました。そして、怒りのあまり完全にキレました。

口の中の砂や、服の中に入った砂を落とした後、回れ右。まだ砂場にたむろしているその4人に向かって全力疾走し、飛び蹴りから入りました。

その時点で1人は傍観者化しましたが、逆に不意をつかれた体の残りの3人とぐっちゃぐちゃの大げんかになりました。

猫とか犬がもみくちゃになりCats and Dogs 状態になってる感じでした。

当時はあんまり殴るって手段は取らなかった気がします。服引っ張ったり髪の毛引っ張ったり引っ掻いたり蹴ったり噛み付いたり。

計画的に喧嘩するというよりは、使える体のパーツは全部使って暴れる、って感じです。

しばらくしたら、周にいた大人たちが見かねてこの猛犬状態になった僕を引き離します。

引き離されながら、その人たちに向かって「離せ、離せー!」って叫びながら犬みたいに上級生たちに吠えまくってたのを覚えてます。

「バーカ」とか言いながら遠ざかっていく、その4人に向かって

「逃げるなー!逃げるなー!」。。。

ここでやめたら負けたことになってしまうのが嫌だったんだと思います。

 「大勢で一人をいじめたらあかんやろ」とその大人の人がその子たちに言ってました。

それを聞きながら、心のなかで「オレはいじめられてない!」と僕。いろいろ納得いかない。

「えらいぞ、上級生に立ち向かって」

なんて言ってくれたのがせめてもの救いかな。

もうちょっと続けていたら、どうなってたでしょうかね。

 

何故だか分かりませんが、自分の子どもの運動会に参加すると毎回これらのシーンが思い浮かびます。

自分がそういう少年だったからだとは思いますが、僕は一途に頑張る若者や、負けたら素直にくやしがる少年少女たちが好きです。

と同時に自分のそういうところ、年とともに失いたくないな、と思っています。

みなさんは、どうですか?

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それやると、誰が嬉しいの?に答える

こんにちは。

今週はいつにも増して多くの人たちとお会いして、交流を深める機会が多かった週でした。

意見交換をする中で、刺激を受けることも多くありました。

キャリアのことだったり、価値観のことだったり、マーケティングのことだったり。様々なレベルで情報のシャワーを浴びて、考えるヒントを得られました。

あらためて思いましたが、こういう機会を定期的に持つことはいいことですね。

「アイデア」か「わがまま」か

そんな中で、日頃の行動の中で感じている疑問をある経営者に質問してみました。

「意見を用いるべきか、却下するべきかの迷う時がある。個人の尊重とわがままの抑制の境目という点で基準は設けているか?」

これって、日頃感じるジレンマなのです。

新しいアイデアが「却下」されるときって、役に立たないのに単に「やってみたい」とか「面白そうだから」という理由だけで言っている、すなわちわがままだととられたときだったりしませんか?

自分が意思決定側にまわったときに僕はそういう判断をしたくないので、出来るだけ理解をして採用するスタンスをとりたいわけです。

ただ、当然ながらイノベーションって「新しいこと」ですから、やってみないと分からないという側面があります。

とはいえ、それを盾にわがままを通すのはあってはならないことです。

で、それが本当にイノベーションを起こすようなアイデアなのかそれともそうでないのか、この境目が分かりにくい、というのが僕の疑問の背景です。

たしかに...

で演壇に立っていたその経営者は、僕の質問に対してこう答えました。

「まず、仕事というのは誰かを喜ばせるためにやるもの。お客さんだったり、社員だったり、株主だったり。だから、まず『それをやったら、誰がうれしいの?』と問います。」

なるほど。確かにその通り。そして彼は続けて言います。

「その答えが『自分がうれしい』だけだったら、それは却下です。」

これも、なるほど。ですね。

なんか自分が抱えている問題の解決にむけたヒントになったかな、と。

というか、至極自然で、あたりまえのことと言えるかもしれません。

その後、しばらく自分の中でこのやり取りを反芻して、僕がアタマのなかで整理したことしては、

「日々の雑事にかまけて、つい当たり前のことを見過ごしてしまっていないか。」

ということでした。

今回のように、ある人の視点を借りて考えてみるとか、一歩下がって見渡してみる機会をもつ、というのはアタマでは分かっていたり、余裕がある時には実施できたりしていることなのです。

しかし日々の雑事や”忙しさ”にかまけていると、ついそのような機会を逸してしまいます。

心していかないとな、と考えた週末でした。

皆さんは、そういう機会はありますか?

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報われなかった努力を思い出すのは辛い

こんにちは。

いやー、今までよく失敗しました。

ひょんなことから、過去の自分のキャリアを思い返す機会がありました。

いや、いっぱい失敗してきました。

軽い失敗はあまり覚えてませんが、一生懸命やったことでうまくいかなかったことって、すごく覚えています。

ふとしたキッカケで、そのいくつかの失敗のシーンが鮮明に記憶が蘇り、ため息が出たり顔をしかめたくなるような感覚になったり。

多くの場合時間が経てば痛みは和らいできますが、直後は血圧や脈拍にも出ますし、眠れなかったり人を恨んだりさえします。

新しい事業の立ち上げや、肝いりのチームを任されたことも何度かあります。

それぞれでうまく行ったこともあれば、うまくいかないこともありました。

長い時間や労力を注ぎ込み、私生活を犠牲にしてたりやキャリアをリスクにさらしてやったことって、うまくいくと本当に嬉しいものですが、そうでなかった時は、むちゃくちゃ辛いです。

「あの時、ああすればよかった」と後悔することもたくさん出てきます。

その中でも究極の後悔は「あんなチャレンジ、しなければよかった」というやつです。そもそも、チャレンジしなければ失敗しませんからね。

そのチャレンジのために使ってしまった時間を、別のことに当てていれば、もっと充実したキャリアが築けたのではないか、と思うこと何度もあります。

チャレンジやめますか?やめられません。

では、チャレンジするキャリアをやめますか?と言われたら「はい、そうですね」というわけにはいかないのが自分の性分です。

どうやらナチュラルボーンらしく、保守本流で、ひとところに着実にということがどうしてもできないタチです。

自動販売機でも左上側のメジャーな飲み物には手が出ません。

下の端の方にある、新しく発売されたばかりの変わった飲み物のボタンを押してしまう性分なのです。

チャレンジ無駄ですか?無駄じゃないです。

一方で、失敗してきた期間が全く無駄であったか、というとそうでもないのです。

当たり前ですが、全く同じ失敗をしないように努力します。

だから同じ「ような」失敗はしたとしても、少しだけレベルの高いところで失敗しています。

要するに痛い目を見て、それなりに学んでいるわけですね。

だから、チャレンジすることは本当に重要です。言い方を変えれば、そんなに必要度の高いものだから、チャレンジが特別なことであっていいはずがありません。

選ばれた人たちにしか与えられないチャンスでもないし、常に血の滲むような、髪を振り乱すような状態なわけでもない。

例えば、ほんの少し今とは違ったことをやる。今まで温めていたアイデアをまず実行してみる。新しい人と接点を持ってみる。そんなことの積み重ねでも十分チャレンジですからね。

言ってみれば普通の、当たり前のことなのです。

とはいえ学ぶためだけにチャレンジしているわけではありません。成功するためにチャレンジしてるんです。

だから「いろいろ学べたから、このチャレンジはよかった」では、一生秘密兵器で終わってしまいます。

失敗を経験しながらも、同じような失敗を減らして成功への精度をあげて、目指すものに近づいていくことがポイント。そうすれば、次のチャレンジの成功確率が上がったり、より高いレベルでのチャレンジへの意欲に繋がったりするわけです。

実際に僕自身を振り返ってみると、辛い経験の一つ一つが今に繋がっていて、新しいチャレンジをする上でも様々な形で活きています。

…というような考え方のもと、今までの自分自身のキャリアの辛かった失敗の記憶を前向きに捉えるようにしているわけです。

皆さんにも、そんな経験あるのではないでしょうか?

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パレスホテルでの朝食会・ニューオータニでの昼食会 〜ミッション・ビジョンの重要性を再認識他〜

こんにちは。

先週は、仕事で二度にわたりホテルでの食事会に参加しました。

それぞれ朝食会と昼食会で、どちらも日本の名だたる会社の人事担当役員を中心とする経営層の方々が集まる会でした。

最近、日本でもHR Techというキーワードがかなり盛り上がっています。

従来、「勘と経験」が活きる「アートの領域」として、テクノロジー業界からはラストリゾートと言われた人事の領域でも、AIを中心とするテクノロジーの進歩や、人事の担当の皆様の意識の改革により、とうとうXX Techの流れがHRの中にも本格的に入ってきています。

どちらの食事会も、その流れを明確に感じる会合でした。

中でも3つほど、印象に残るポイントがありました。

①ミッション・ビジョンの重要性

②ジョブディスクリピション(職務定義書)の必要性<そろそろ、本格的に>

③パワーモーニング・パワーランチの意義

です。

ミッション・ビジョンの重要性

働き方も含めて多様性が深まっている昨今の組織において、やはりミッション・ビジョンといった「人が集まるための根本的な理由」の部分に焦点があたっていると感じました。

集まった人たちが組織上のトップであったりシニアエグゼクティブであった、という部分もありますが、新しい働き方や、新しいテクノロジーというテーマでの座談会でこのキーワードが踊る、というところにポイントがあるのではないかと思います。

何か、改革を進めるにあたって立ち戻るポイントが無いと、ただでさえ多様な働き方、価値観、思考を持った人の集団ではバラバラになってしまいますからね。

議論の端々にこの一段高いところの議論がでてきて、凄く印象に残りました。

ともすると「あれはあれ、これはこれ」という形で棚上げされたり、そもそも自社のミッションやビジョンを知りもしない人がいたりする中で、改めてミッション・ビジョンに立ち返ることの重要性を認識したわけです。

ジョブディスクリピション(職務定義書)の必要性

これについては、従来も議論はされてきました。

そして「あったらいいけど、メンテナンスに手間がかかる」「職務を明記して限定してしまうと、他に何もやらなくなる」という文脈で本格導入は先送りされてきましたが、そろそろそれも限界のようです。

ほんのちょっと前は、同じようなレベルの人が集まる場で僕が発言したら「何を言っているんだ。日本の組織にはJDは必要ない」的な反応を受けることが多かったのですが、この1,2年で状況は一変したように思います。

日本の伝統的な大企業の代表のような会社のトップから「役割や責任は明記しないといけない」というコメントが何度もあったのです。

これは従来無かったことです。

今まで日本の職能資格制度は、かなり機能してきました。

何となく大体この辺をやればいい、という定義の中仕事をしてきても、単一人種・単一言語・男性のみ(妻は専業主婦)・新卒一括採用・残業無制限の中では、うまく行くのです。

でも、コレが全部崩壊しました。

センターフライは、外野全員で取りに行くもの!という考え方も通用しなくなったのです。

さらに、AIの時代です。

AIはご存知の通り、「5年目の社員」という言葉だけではその人が何ができるか分かりません。職能的文脈での「課長」が何を求められるのかも理解できません。

誰が何を出来てで、何を求めているポジションかが明文化されていないと、マッチングも難しいわけです。

複数の「時代の要請」から、もう変えられない流れなのではないか、と感じました。

パワーモーニング・パワーランチの意義

最近、朝食やランチの時間も人と会って仕事の話をするコトが増えています。

とはいえ多くて3,4人での会合が普通でした。

が、今回は10人を超える人たちの会合だったのです。

飲み会などでは6人を超えると話題が二つ以上に分かれます。原因はお酒が入っていることだと思うのですが、これはこれで意義のあることだとは思います。

また、お酒が入っているとあまり真剣な議論が長続きしなかったり、参加できる人が限られてしまったり、また、だらだらと長引いてしまったりします。

これが、1時間ちょっとの会合で、最後まで話題が複数に分かれること無く、有意義な議論ができました。

当たり前のように活用している人に取っては当たり前すぎる話なのかもしれませんけど。

これ、自分でも使ってみたいなあ、と思った次第です。

皆さんはどう思われますか?

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十六銀行とIBMの関係の始まり 〜宿帳に50年前の祖父の足跡を見る〜

こんにちは。

エグゼクティブ向け迎賓施設

今年のGWは天城にあるIBM保有のエグゼクティブ向け施設「IBM天城ホームステッド」から始まりました。

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この場所は、IBMのお客様を中心とする、会社や組織のエグゼクティブレベルの方をお迎えするための施設です。

訪問されたエグゼクティブの皆様は大変喜んでくださることが多く、評判も良いです。サービスは某有名ホテルにお願いしているため、品質も凄く高いのが特徴です。

そして、今年で開所50周年ということでした。

僕自身はIBM生活10年ちょっとなのですが、実はこの施設のことは40年近く前の幼い頃から知っていました。

それは、子どもの頃から同居していた祖父が、晩酌の時によく良い思い出として話してくれたためです。

当時、十六銀行の取締役庶務部長をやっていた祖父が、この施設にIBMから招かれて「たくさん勉強」させられて、そのご縁で20億円だかの稟議を上げてIBMのシステムを発注したということです。50年前の20億円って相当なものだったと思います。

以来、十六銀行IBMの長年のお客様でいてくださいます。

いい意味で、相当印象が強かったようで、何度か聞かされた記憶があります。

同じコースの出席者であったソウル大学の学部長の方と意気投合し、天城からの帰り道は、東海道新幹線のこだまの駅ごとに降りて、居酒屋で酒を飲んで、何時間もかけて岐阜まで帰ってきた、と言っていました。

宿帳に祖父の署名と写真が

IBMに入ってからこの施設には何度も来ることはあったのですが、祖父の足跡を確認できたことはありませんでした。

で、今回天城でイベントを開催するにあたり、主催者として少しだけ早く現地入りした際に、天城の担当者の方に上記のいきさつを話して、顧客データベースはあるのかを聞いてみました。

そしたら、その話を喜んでくれた担当者の方が、過去の宿帳を見せてくれました。

最初は「探したのですが見つかりません」と言われたのですが、祖父の”達筆”は知っていたので自分で探させてもらいました。

そしたらなんと、あったんです!懐かしいクセのある字でした。

日付は昭和45年6月13日。この日付をもとに写真も探し出してくれて懐かしい顔を見ることができました。

ちょっと感動しました。

いま僕がつけている時計は祖父の形見ですので、同じ時計してないかな、と思って写真の袖口を見てみたのですが、ちょっと分かりませんでした。

約50年前に実施された「エクゼクティブのための電子計算組織概説」という4泊5日のコースだったようです。

現代であればさしずめ「CIO向けIT組織経営入門」といったところでしょうか。

業界用語で言うところの「銀行一次オンライン」のまっただ中だったはずで、日本が戦後の荒廃から立ち上がって、さらに上を目指そうとしていた時代のことです。

出席簿を見ると、同じコースに参加した人も錚々たるメンバーが並んでます。(もう機密情報じゃないと思うので写真掲載しますね。)

使命感もあっただろうし、忙しかっただろうし、やりがいもあったんだろうなあ、なんて孫なりに、いろいろ想いを馳せてみました(笑)

語り継ぐために

今、自分自身が中堅からシニアに映りつつある世代にあって、「前世代」「オジサンたち」として旧い世代として扱われたり、「これからの世代」として次の時代の担い手としてあつかわれたりする微妙なポジショニングにあります。

世代論の、ある意味での説得力と、ある意味での空しさを、ここ最近感じることが多くなりました。

若い頃結構、前の世代を攻撃したり、うらやんだりしてました。「高度成長期はよかったよな」「バブル世代はうらやましい」なんて。

一方で、今は後から来た世代からちょっと違う言い方で同じようなことを言われているのを感じたりします。

そんななかで、血縁者のいにしえ(!?)の足跡を見て、これだけは言えると思いました。

前の世代が無ければ今の我々は無い。それぞれの人がその時々に最善の選択をしてきてくれたらから今の自分たちがあるのだ、と。

より良い世の中を作って次の世代に引き継ぐ、というのは全ての世代に求められることなんですよね。

皆さんは、どう思われますか?

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