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「普通の国家」宣言した米国 〜米国企業で働く者の視点で思ったこと〜

こんにちは。

普通の国宣言

金曜日にアメリカ合衆国の大統領が代わりました。

日本では土曜日の午前2時ころだったと思いますが、起きていたので新大統領の就任演説を見てました。

その時間帯は、平日の昼間であるはずのアメリカ人向けにメールを送っても全然反応はないし、普段ならふつうに点灯している在席のアイコン(社内システムのチャット機能)もあまり上がっていませんでした。もしかしたら休日?と思うくらい静かだったので、みな演説に見入ったり(もしかしたらデモに参加したり!?)していたのかもしれません。

新大統領の方針は「この後の4年間、アメリカ政府はアメリカの国民を最優先にして仕事をします」ということでした。一つの国の政府としては一見当然に見えます。でもアメリカを今まで偉大な国にしていたのは、おせっかいとも思えるほど世界のことに手も口も金も出して、自分たちの価値観を届け続けたことだったように思います。

その旗をおろすのかな、という解釈もできました。

普通の国になることを宣言した」という言い方もできますが、普通というにはあまりに存在感がありすぎる国なので、影響が大きいですよね。

アメリカの文学や音楽、映画などの文化にかなり慣れしたしんでいて、パソコンも携帯もアメリカの会社で作られたものを使い、そこではアメリカで作られたアプリケーションが動き、アメリカの会社の検索エンジンをつかったり、アメリカ発の書店からもろもろのものを買ったりしている僕としては、政府がアメリカの国だけを優先した政策をとると、民間企業の活動とはいえアメリカのビジネスに大きくお世話になっている自分の生活にどうインパクトがあるのかな、と考えざるを得ません。

米国企業ではたらく一人として

そして、最も忘れてはいけないのが、自分がアメリカを代表するIBMという会社の日本法人で働き、(日本のビジネスの中で必要だと自分が判断したものではあるものの)、アメリカの価値観に大きく影響を受けた製品・サービスを販売していることです。

こちらはさらにどんな影響があるのだろうか、ってやっぱり考えてしまいます。

企業と国家の違いがあるとはいえ、なんかいまの流れ、思い当たる節もなくはないです。

僕が1度目に辞める前の2013年ころは、何でもかんでも中央集権的にコントロールしようとしていました。

ネットが繋がりやすくなったことで“World is Flat”になり、IBMはGlobally Integrated Enterpriseというコンセプトのもと全体を一つにまとめ、全ては米国で意思決定し、一つの価値観(すなわち、アメリカの価値観)でコントロールしようとしました。

ですが、2016年に僕が戻った時にはずいぶんそれも変化していました。

まず、資料のテンプレートが部門独自のものを使うようになっていました。また、全然異なるフォーマットの名刺をもつ部門も現れ始めました。各地域への権限移譲もすすみ、現場の自由度もかなり上がっていました。日本独自の取り組みを増えていて、それなりの成果も上がっています。

3年の時間差があるだけなのに同じ会社なのだろうか、とすら思うほどです。とはいえ、毎日世界中とやりとりしていることは代わりないのでそれはそれで不思議なものです。

アメリカ(の本社)が世界をコントロールする余裕がなくなったのか、興味がなくなったのか、それとも意図的に分権化したほうが良いと判断したのかはわかりませんが、実体として以前ほどおせっかいかつ傲慢ではなくなった感覚はあります。

中央集権と地方分権は一定期間をおいていったりきたりするものです。1992年に経営危機をむかえ、バラバラになりかけたIBMはガースナー改革によって復活しました。

復活前は、各地域の自由度は大きくあったようで、象徴的な話としては広告代理店を各国ごとにやとったためか、IBMのロゴも無数にあったそうです。

それを強烈なリーダーシップのもと一つのIBMを実現し、一つの ロゴ、のちには一つの価値観、グローバルに統一された一つの会社と進んできました。

あれから20年たち、少し振り子を振り戻す時にさしかかっているのかもしれませんね。

しかし、世界に散在した組織が、現場に権限移譲したら本当にバラバラになってしまわないのか、という疑問がわきます。

おそらく、一度権限を集約するという過程を通っている組織であれば、権限を移譲するというのは組織に活気を与えると思います。

とはいえ、一本通った共通の概念はやはり堅持する必要があり、それがValueやMission、Visionなのだろうなと思います。

IBMはCognitive & Cloudという共通のキーワードでつながっており、いまのところバラバラになる気配はありません。

今後どう動いていくかは、当事者でありながら客観的にも楽しみにしています。

やっぱり自分たちの考えを持たねば

では、“世界の警察官”たるアメリカが警察手帳を返却して普通の一般国になる、と宣言した後には、日本はどんな行動をとるべきなのでしょうか。

本当にアメリカが“価値観の押し売り”をしなくなったら、いままでそれに(時に不承不承だったかもしれせんが)同道してきた日本は拠って立つべきものをなくす可能性がありますね。

自分たちは何によって立つべきか、考えていく必要があるのかな、なんて思いました。

みなさんはどう考えますか?

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