元ボスからの贈り物 〜捨てられないスニーカー〜

 

こんにちは。

わが家には、内輪で「焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)」と呼んでいる習慣があります。

たいていは僕が買い込んだ本や雑誌が廃棄される行事です。出版物以外にも衣食住や趣味に関するもの全般が含まれます。このイベントをくぐり抜けるには、今後1年以内に開く予定があるかどうか、子孫に引き継ぐ価値があるか、とか過去2年以内に一度でも着用したか、という厳しい基準をクリアする必要があります。

その、過酷な「仕分け」をくぐり抜けられたものだけが、わが家に残っていけるのです。

しかし奇跡的にこの基準を適用されない、「不要品」があります。

写真のスニーカーです。

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サイズは30センチ。(なお、私の靴のサイズは、26センチです)誰が見ても、きれいとはいえない、使い古しの普通のスニーカーです。

実は、これは、私が以前の職場を退職する際に、元ボスが当時、ともに働いた仲間や私の家族を自宅に招いてくれて、催してくれた送別会でアドリブ的にくれたものです。

なぜ、靴なのか

これは実は、拙著「99%の人がしていない たった1%のリーダーのコツ」の中で、「リーダーの靴を履かせる」(P168)というタイトルで書いた項のもとになったエピソードが背景にあります。

この元ボスと働いた時の僕の立場は、トップエグゼクティブである彼の「補佐」。彼の意思決定や情報収集、管理業務の全般に関与する、いわば「かばんもち」の立場です。

社内では一番コミュニケーションをもつ関係であるため、息が合っていることが重要ですが、最初にお互いのペースをつかむまでは、大変でした。

彼は、ニュージーランドで生まれ育った人物ですが、日本語が非常に堪能でした。

コミュニケーションがすれ違った時に、彼にいつも「僕のクツをはいてよ!」と日本語でいわれました。時にはクツをポンと目の前に置かれたり、自分のしている眼鏡を差し出されたり

ここでの彼の意図は、

「トップである自分の立場であったなら、キミならどうするか。その視点で考えてほしい」

というものでした。

英語でいえば、If you were in my shoes, what would you do?

これは、彼の負荷を下げると同時に、僕自身の視点をあげることでリーダーシップ能力を上げるという教育的視点もあったはずです。

もちろん、今でも彼のメッセージを受け止め、日々の仕事の中で活かし続けています。

このエッセンスを世の中にご呈示する事は社会的意義があると考えたため書籍の一部に含めて出版しました。

このことを、彼は何処かで聞きつけていたようでした。人づてには、意外に喜んでいた、ということでした。

それが頭のスミに残っていたのか、上記の私の送別会で、酔っぱらった彼が突然消えたかと思うと、普段着のTシャツのしたに隠し持ってきたのがこのスニーカーなわけです。

仕分け人の妻もその場にいたため、この巨大な汚れたスニーカーの意味を理解していて、基準を適用できず、結果例外的に焚書坑儒を免れ続けている、というわけです。

書籍にして世に出す、出さないにかかわらず、今の自分の人格を形作っているのは、今まで接してきた人たちから、その人たちが意図的、または無意識に発信してくれたメッセージから自分がうけとったものなんだな、と思います。

新年度を迎えて、また多くの仲間を迎える中、こんな事を感じました。

皆さんは、どうお感じになりますか?