服選びだって”判断” 〜意思決定にはエネルギーが必要。だから毎日同じ服!?〜

こんにちは。

昨年の後半にネット上で以下のような記事が出回りました。

Facebook CEOのマーク・ザッカーバーグ、「なぜ毎日同じTシャツを着ているのか」に答える

毎日同じTシャツを着る理由

その時は「へー、そんな考え方もあるんだなー」と思ったのですが、なぜか最近突然思い出して考えた事があったのでここに残したいと思います。

記事の内容としては、
Facebook創業者のザッカーバーグさんは、同じタイプのTシャツをいくつも持っていて、それを着回しているそうです。
その理由が「本来必要な意思決定のために、余計なことを考える事を極力減らす」というもので、アメリカの大統領のオバマさんや、アップルの創業者のスティーブ・ジョブズさんも基本的に毎日同じタイプの服装であることもあわせて紹介しています。

確かに意思決定にはエネルギーが伴います。そして、ここに例示された人たちはみな重責を担い、その人の判断次第では大きな金額のお金が動いたり、人の生活や生命が左右されたりする訳で、余計な判断を減らす事で、その重大な判断の精度があがる、という理屈だということです。

「なるほどな、やはりそこまで一つの事に集中しなければならないのだ」と思い、またそういう人でなければ重責を担うようなポジションに着く事はできないものなのだな、とも感じました。

でも何かおかしくね?

一方で、微妙な違和感も感じました。大きくは2つ。

①毎日同じ形の服を着て、その人の人生は豊かだろうか。

②この記事を見て、まねをする若者がいやしないだろうか。

まあ、①については、人それぞれと言ってしまえばそのとおりですし、5種類の服をもっていたとしても、着回しているという意味では程度の違いだ、とも言えます。

いくらザッカーバーグだって、毎日全く同じ食べ物を食べている訳ではないでしょうから、偏執狂的にすべてが毎日同じ、という訳ではないでしょう。
たまたま服に興味が無くてこういう言い方をしているか、極端に今の服装に愛着があるかのどちらかなんじゃないかな、という程度のことなんじゃないか、という結論にいたりました。

なんとなくですが、日々、いろいろな服を選んで楽しむ方が豊かな生活だ、という感覚を僕は持ちます。

で、②については、結構重大だったりします。

ジョブズザッカーバーグオバマの陽になりたいと考える若者が、あこがれの人がやっているから自分も、ということで意思決定をすることを極力へらしてしまう、なんてことになりはしないか。

判断力を高めるためには練習も重要

判断力の精度を上げるためにはやはり練習が必要です。その時点で取れるだけの情報を取って、ありたい姿に近づくにはどの選択肢が良いか、という視点で判断します。ありたい姿に近づけたら、何がよかったか、後悔する結果だったらどういう改善点があるかを振り返ります。

発展途上の人に取ってみれば、若いうちから、この試行錯誤の繰り返しを行う事無く、避けてしまっていれば、練習の機会を失う事になります。

いざ、非常に重大な決断をするときに、過去の経験が活かされないという残念な結果になります。

その日の気温や天候、行動の範囲や会う人などを想定して服を選びます。薄着なのかヒートテックなのか、派手目か抑えめか。雨に弱い素材か、強い素材か...

そういうちょっとした判断だって、意思決定力を鍛える良い機会とする事も可能ですよね。

大げさじゃなく、そう思うのです。

皆さんはどう思いますか?