それやると、誰が嬉しいの?に答える

こんにちは。

今週はいつにも増して多くの人たちとお会いして、交流を深める機会が多かった週でした。

意見交換をする中で、刺激を受けることも多くありました。

キャリアのことだったり、価値観のことだったり、マーケティングのことだったり。様々なレベルで情報のシャワーを浴びて、考えるヒントを得られました。

あらためて思いましたが、こういう機会を定期的に持つことはいいことですね。

「アイデア」か「わがまま」か

そんな中で、日頃の行動の中で感じている疑問をある経営者に質問してみました。

「意見を用いるべきか、却下するべきかの迷う時がある。個人の尊重とわがままの抑制の境目という点で基準は設けているか?」

これって、日頃感じるジレンマなのです。

新しいアイデアが「却下」されるときって、役に立たないのに単に「やってみたい」とか「面白そうだから」という理由だけで言っている、すなわちわがままだととられたときだったりしませんか?

自分が意思決定側にまわったときに僕はそういう判断をしたくないので、出来るだけ理解をして採用するスタンスをとりたいわけです。

ただ、当然ながらイノベーションって「新しいこと」ですから、やってみないと分からないという側面があります。

とはいえ、それを盾にわがままを通すのはあってはならないことです。

で、それが本当にイノベーションを起こすようなアイデアなのかそれともそうでないのか、この境目が分かりにくい、というのが僕の疑問の背景です。

たしかに...

で演壇に立っていたその経営者は、僕の質問に対してこう答えました。

「まず、仕事というのは誰かを喜ばせるためにやるもの。お客さんだったり、社員だったり、株主だったり。だから、まず『それをやったら、誰がうれしいの?』と問います。」

なるほど。確かにその通り。そして彼は続けて言います。

「その答えが『自分がうれしい』だけだったら、それは却下です。」

これも、なるほど。ですね。

なんか自分が抱えている問題の解決にむけたヒントになったかな、と。

というか、至極自然で、あたりまえのことと言えるかもしれません。

その後、しばらく自分の中でこのやり取りを反芻して、僕がアタマのなかで整理したことしては、

「日々の雑事にかまけて、つい当たり前のことを見過ごしてしまっていないか。」

ということでした。

今回のように、ある人の視点を借りて考えてみるとか、一歩下がって見渡してみる機会をもつ、というのはアタマでは分かっていたり、余裕がある時には実施できたりしていることなのです。

しかし日々の雑事や”忙しさ”にかまけていると、ついそのような機会を逸してしまいます。

心していかないとな、と考えた週末でした。

皆さんは、そういう機会はありますか?

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