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日英「忙しい」の定義 〜仕事の効率を考えるきっかけ〜

こんにちは。

ロンドン滞在時の出来事

最近「忙しい」という表現について、改めて考える機会がありました。

そんなときにいつも思い浮かべるのが、2008年にロンドンで仕事をしていたときの、ある出来事です。

出来事自体は大した事ではありません。

もともとロンドンへ行った時のミッションは、進んだプラクティスを学んで、日本に輸入するというものでした。ですので多くの人からお話を聞くべく、あちこちアポイントを取って色んなプロジェクトを訪問しました。

とあるメンバーにアポイントを取るべく電話をしたときに

「私はいそがしい、別の機会にしてくれ」

と一方的に言われ、電話をきられました。

なんか、素っ気ないなーと思うと同時に、いつだったらいいんだろう、と思って頃合いを見計らっていました。

最近はどの組織でもそうかも知れませんが、当時からIBMでは仕事をしているとチャットシステムがONになり、それが在席表示になります。

ですので、その相手の在席状況をチェックしていると、5時には仕事から上がっていることが分かりました。

そのときの僕がどう思ったかというと

「5時に仕事が終わるなら、その後1時間くらい時間を割いてくれてもいいじゃないか。バカにしているのか?」

というものでした。

「忙しい」の定義

ただ、いろいろ実態を理解してくるにつれて、その考えが誤っていた事に気付きました。

その「忙しい」という言葉を発したメンバーだけではなくUKで働いていた同僚は、仕事の時間は9時から5時(もうちょっと前倒しの人もいました)まで働きますが、その間の効率が非常に高い。ランチも大半はデスクランチか、食堂などに立ったとしてもミーティングを兼ねている事が多かったです。

ミーティングも目的が終わればすぐに散会し、招集されても自分が関係ないと思ったら一切出ません。

彼らの「忙しい」の定義は『ワークアワーとして決めた時間の密度が高い』ということだったのです。

かたや自分のワークスタイルを振り返ると、業務時間中に集中していなかったり、内職するような会議に出席していたり、呼ばれた会議にはイヤイヤ出ていたり。

また、ランチの時間は1時間取っていましたし、90%の品質のものを必死に95%、100%に近づけようと1人で奮闘したりしていました。

そして、「忙しい」状態というのは『仕事を夜中までやって、睡眠時間を削り、週末も使ってそれでも追いつかない時の事を言うものだ』と思っていました。

当時はどちらかというと肉体労働系のカルチャーの残る事業部にいたこともあり、平日も早朝から深夜まで、週末も数時間ずつは働く生活をしていました。当時の同僚もおなじようなワークスタイルでした。

8時間程度ある時差でも、日本にいる同僚が仕事を終える時間とロンドンの同僚の仕事を終える時間(すなわち、在席表示が消える時間)がそれほど変わらなかったのを良く覚えています。

もちろん、日本IBMという環境は、お客様向けに日本語で仕事をして、社内向けには、情報収集も報告も英語で行うという運命を背負った環境ですので、資料は2倍分つくらなければならないケースも多く、それを1つの言語でやればよい英語圏よりはどうしても仕事量が増えます。

ただ、それを差し引いても出てきた生産性はだいぶ違うものでした。

制限をつける事で工夫が始まる

表現を変えて言えば、英国の同僚たちは目的に対して最短距離を最速で動こうとしていました。時間に上限があることが前提で、その中で効率的にすすめて成果を出した人が優秀とされる文化をもっていたように思います。

一方で当時の僕は、時間に限りがあるもの、という意識が極端に低かったように思います。時間を犠牲にして、丁寧に礼儀正しくやることに優先順位を置き過ぎていたのでしょう。

思えば、仕事の中で効率を考えて働くようになる大きなきっかけの1つとなった出来事だったと思います。

「長く働くこと」=「仕事をたくさんしている」という考え方はあまり良い結果を生まないのではないかな、と思う今日この頃です。

皆さんはどう思われますか?

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