「素案」の価値 〜StrawmanとStraw man〜

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こんにちは。

気の持ちようで苦行も楽しくなる!?

最近思う事があります。物事を前に進めるための素案の意義や価値です。

大きな組織にいると、ついつい感覚がいわゆる「官僚的」になるのか、何か新しい事をやることが自分の仕事に思えなかったりします。

決まったプロセスや、プロジェクトタスクにのっとって着実に仕事をすすめることが仕事の大半になるためでしょう。

ただ、そんな大きな組織の中でも、新しい事を始める事のできる幸運に恵まれる事もあります。その組織が大きく転換しようとしている(しなければならない)瞬間に立ち会えるのは、得難い経験です。大企業組織とベンチャー的組織、どちらのいいところも経験できるわけですからね。

ただ、それまでに「物事を変える」とか「創り出す」ということをやってきていないと、1)どうしても自分の仕事と思えなかったり、2)やり方が分からなくてパニックになったりしがちです。

この2点については、実は能力の問題ではなく気の持ちようです。

まず1点目についての気の持ちよう。非常にシンプルです。それはあなたの仕事です。それどころか決まった仕事はそのうちワトソン君(!)が全部やっちゃう時代がきますので、物事を変えたり、創り出したりする仕事が自分の仕事と思えないと、仕事が無くなります。

次に2点目。やり方が分からないのは当たり前。だって誰にとっても初めてですから。わざわざパニクると損をするのは自分だけです。

どちらも、まさに気の持ちようですよね。

物事を前に進めるためにまずやる事

では、何をやったらいいのでしょうか?

これも実はシンプルです。「素案」を作ることです。

何も無いところで立ち止まっていては、文字通り何も始まりません。何かをきっかけにして「あーでもない」「こーでもない」と議論する事で物事が前に進んだり、更に新しいアイデアが出てきたりします。

僕自身の事を言わせて頂けば、今まさに会社が変わる瞬間に新しい事業を立ち上げる仕事をしていて、いろいろな素案をもとに、更に素案が出てきて議論が深まったり高まったりする、という瞬間を毎日経験しているため非常に刺激に満ちた日々を送っています。

しかしどうしても新しい案が出てこないチームもあるでしょう。

素案ができない理由は、各人の中に「こんなの出したら、何言われるか分からない」という抵抗感があるからじゃないでしょうか。

冷静に考えてください。素案って「何か言われるためのもの」です。

素案に対してポジティブな事を言うか、ネガティブな事を言うかは相手の資質を測るバロメーターであって、あなた自身の評価ではありません。

肯定的な付加価値提案をしてきたら相手をポジティブに評価しましょう。できない理由を挙げてきたら相手は残念ながらマイナス評価です。

「ちゃんとしたものを作ってから、もってこい!」は20世紀、それも昭和のころの時間の流れの世界です。さすがにそろそろそういう人もいなくなっている頃なので、心配せずどんどん、新しいアイデアを出していきましょう。

昨今、アジャイルとかデザイン思考といった言葉が従来以上に注目されていますが、これらも全て何か前に進むための素案があって初めて成り立つ概念ですよね。

素案の価値

ところで、英語圏の人と仕事をしているとStrawmanという言葉をたまに耳にします。これは「たたき台」のことで、まさに本稿で意図する「素案」と同じ概念です。

Strawって藁(わら)のことなので、藁の人形を「たたく」って日本でも通用する発想だなーなんて思いました。

strawmanの意味・用例|英辞郎 on the WEB:アルク

で、この同じオンライン辞書でつい、Strow manと2単語で調べてしまいました。そうすると意味が少し変わるようです。

straw manの意味・用例|英辞郎 on the WEB:アルク

「かかし」「藁人形」と行った意味に続き「つまらぬ人物」「価値のない人」「資産[財産]のない人」「無資力者」といった意味が記されているのです。

念のため調べてみたら、辞書によってはStrawmanとStraw manを区別していないものもあります。

 

結論として、どうやらStrawmanには2つの意味があるようです。

Strawmanを作って出す人はStrawmanではない、というところでオチをつけましょうか。

「何も出さない」と「しょぼくても何か出す」の大きな違い。みなさんはどう思われますか?