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現代の勉強の仕方 〜その場で調べて理解を深める〜

こんにちは。

ノーベル賞作家の読書法

僕が学生だったころ、大江健三郎さんがノーベル賞を取られました。

学科の大先輩だったのですが、研究室では特に大騒ぎをするわけでもなく、コメントすらも無くなんだか淡々としていたな、というのが印象です。

でも自分の中ではちょっとしたブームだったので、作品を読んだり、新聞や雑誌の記事を見たりしていました。

その中で今でも強く記憶に残っているのが、大江さんのインタビューの中にあった『読書をする時には必ず傍らに辞書を置き、気になる言葉は調べるようにしている』という主旨の言葉でした。

深く掘り下げて言葉を理解しないと、本当にその本を理解した事にならない、という理由だそうです。

そういわれてみると大江さんの著作は全般的に辞書が必要な程度に難しいかな、という印象はありますよね。

最新の勉強法

なんでこんな事を今思いだしたかというと、小学生の娘が勉強をしているのを見ていると、傍らにiPhoneと電子辞書を置いて、社会や理科などで分からない事があったり、興味を持った事があるとパパっと調べて写真や解説を引っ張りだして理解しているのを目にしたからです。

これが大江さんが言っていたことを思い出させるきっかけでした。

行った事も無い場所の景色や、見た事も無い動物の鳴き声などもその場でイメージできているわけです。

もちろん、直接見たり手で触れたりする事の大切さは今でも変わりませんが、僕たちが子供の頃、字面だけで覚えていた事も、絵や写真、動画を引っ張ってくる事でより深く理解することができます。

そう考えてみると僕自身も、昔だったら読み流していたような文章でも最近は興味を持ってスマホで手軽に調べて、理解を深めるということもやっています。

先日司馬遼太郎の『空海の風景』を読んだ時も、初めて聞くお寺の名前が出てくると調べてました。あまりそれまで聞いた事の無いような寺であっても、かなりの画像がアップされていたりして、色んな角度や四季折々の情景の写真を見る事ができます。特に寺社仏閣などは当時(もちろん改築・増築はあるにせよ)に近い形である事が多いでしょうから文字通り「風景」を思い浮かべる事ができました。

また、よく言われるように村上春樹さんの小説には、音楽や映画が出てくるのですが、知らない作品だったとしてもその場でさらっと音楽をダウンロードして、著者がイメージしている雰囲気を知る事もできています。

「お勉強」から「学問」へ

これをきっかけに更に詳しく調べる事も可能ですし、場所であれば行ってみる事もでき、音楽であれば何度も聞き返してみたり、映画を全編見たりしてもいいでしょう。

便利な世の中になりました。と同時に次の世代にとってはその程度の理解度・情報レベルは当たり前なのでしょうね。

というか、これって本来の「学ぶ」ということの理想形に近いのではないでしょうか。暗記偏重教育の弊害は指摘される事はありますが、文明の利器を活用する事で暗記教育をきっかけに深く学ぶことできるようになるのではないでしょうか。

さらに、福沢諭吉が主張するような「実学」にまで繋げるきっかけにもなるように思います。

皆さんはどう思われますか?