退き際と老害 〜同世代のアスリートの引退報道を見て〜

こんにちは

引退模様

シルバーウィークを利用して、実家に帰り父の引退祝いをしてきました。

実際には6月のいわゆる株式総会シーズンに確定し7月から相談役になり第一線から引いたことになります。同じグループ会社一筋48年ってのは、僕自身とは時代も、業種業態も、地域もちがうのでちょっと想像もつかないです。

ここ15年近くはずっと孫会社、子会社、親会社それぞれで代表のボジションにあったので、緊張もあったと思います。張りつめた心の糸が少し緩んだせいか、引退直後は少し体調をくずしてたようです。大分回復したようで、少し安心しました。

そんなタイミングで、プロ野球もシーズンが大詰めとなり、大物が続々と引退表明をしていきました。

とくに、長らく中日ドラゴンズファンを続けている僕としては、兼任監督の谷繁選手(44)、ガッツ小笠原選手(42)、そして中学の一つ上の先輩の和田選手(43)と立て続けに名球会組が引退していくのを見ていろいろ感じるものがありました。そして今朝山本昌選手(50)も引退表明されました。(山本昌がいない、中日ドラゴンズを知りません。。。)

シニアもできるだけ現役であるべき

ここ数年は、自分自身の年齢がちょうどプロ野球選手の臨界点のようなところにさしかかっているので、どうしても名選手の引退となると同世代になります。

ひと昔前までは40歳となるとほとんどスポーツ選手はいなかったのですが、社会構造の変化や、医学やトレーニング方法、組織文化などの進化を背景に、今ではプロ野球中心に40歳代の選手が多くて、非常に心強いです。サッカーではカズ選手がいるし、テニスでは伊達公子選手も頑張ってます。

さて、本稿のテーマである我が国のホワイトカラーの働き方の視点で考えてみると...

労働人口が減り続けるこの国の現状を見るにつけ、女性活躍推進とともにシニアの活躍は労働力確保には欠かせません。

かつて「高齢」と言われた人でも本人が希望して健康面やパフォーマンス面でも一定の条件をクリアしていれば年齢だけを理由に退職を迫るのは、正しい選択肢ではないと思います。

「年齢」に既得権益を持たせるのが老害

一方で、「老害」という言葉や「後進に道を譲るべき」という表現もあります。
ここで間違ってはいけないのが、これらの表現は年齢が高い、というだけで居座ってしまう場合に使われることばであり、その人の現在見込まれるパフォーマンスに応じた仕事をやっている限りこの表現は適用されないはずだと思います。

ですから、先のプロ野球の例でいえば、山本昌選手の引退理由「若返りを推進しているドラゴンズの現状を目の当たりにして、ボクが残ったらダメだと強く感じ」たというのは、これからの世の中あんまり考える必要は無いのではないかと思います。

中日ドラゴンズ・山本昌広のページ

(単に、現役を続けてほしい、というファンとしての気持ちだけではなく)彼が投げることでチームが勝つ可能性があって、それ以上にお客さんを呼び込むことができるのであれば、退かなくてもよいのではないかと思うのです。

とはいえ、表明された理由以外にも理由はあるでしょう。セカンドキャリアでもっと活躍できる可能性があれば、そちらに移るのもありだと思いますので一概には言えませんね。

ホワイトカラーにしても、その人が貢献できるのであれば年齢は関係なく雇い続けるべきです。シニアな世代は、経験を活かしながらも老害と言われないようにパフォーマンスを出し続ける努力をするべきだし、もしそれを若い世代が窮屈だと思ったら独立すれば良い。そうやってレベルアップと新陳代謝を繰り返すのが健全な社会だと思うのです。

必要とされ続けるために

僕個人としては、できるだけ長く働きたいと思っています。なので定年が適用されないような領域での活動もしているし、その先も見据えた準備も少しずつ考えたりしています。
いつまでも社会から必要とされるような人でありたいという考えのもと、日々の自己研鑽を続けているつもりです。

まあ、結果的に必要とされなくなったら...それでもやりたいことはたくさんあるのです。楽しみ楽しみ...

皆さんはどのように思われますか?