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『アンダーグラウンド』を読みました 〜「複数証言」がしめすこと〜

こんにちは

アンダーグラウンド (講談社文庫)

遅れ馳せながら村上春樹アンダーグラウンドを読みました。
ご存知の方も多いとは思いますが、20年前の地下鉄サリン事件を題材に被害にあった60人以上の人々に作家が直接インタビューして取りまとめた文庫本で総ページ800に及ぶ力作です。
出版されたのは1997年です。
村上春樹とノンフィクションがあまりピッタリ来なかったので今まで手に取らなかったのですが、あるインタビュー記事を見たら彼にとってはかなり記念碑的な意味があり、社会的にもインパクトのある作品のようでしたので興味を持ちました。
そしてやはり、いくつか発見がありました。
①報道で伝わっていることはあくまでも一面
②同じものでも別の人が見ると違って見える
③作家の覚悟
でしょうか。
 

①報道で伝わっていることはあくまでも一面

当たり前のこと、かも知れませんが改めて強く思いました。
死者何名、負傷者何名、●●人に影響があり...という側面だけ見ても、十分にインパクトがありました。しかし、その一人一人にいろいろな状況があり、それぞれの取った行動があり、周りに協力した人があり。。。
この作品だけでももちろんまだ一部ではありますが、想像以上に様々な出来事があったことを改めて知ることができました。これから報道を見る目が変わってきます。

②同じものでも別の人が見ると違って見える

以前記事にもしましたが、同じ事件に巻き込まれ同じものを見ているはずなのに、複数証言のなかで、幾つかことなる証言がでたり、解釈が独自だったりすることがよくわかりました。黒澤明羅生門もまさにこのことをテーマにした作品だったと解釈しています。

ものごとを語るとき、判断するときなど、多くの視点から見て自分なりの答えを持っていかないといけないな、と感じました。eitarokono.hatenablog.com

③作家の覚悟

事件を起こした団体や、その被害の甚大さ、そして作家本人の今まで造り上げた名声を鑑みると、社会に対する責任の自負と扱うテーマへの責任感が感じられました。
能力面でももちろんのこと、覚悟という意味でも普通二の足を踏むテーマだろうと思います。平たく言えば「今の僕にはできない」と感じました。
 
この3点は本稿の主旨である”ホワイトカラーの生産性”という文脈に関連させても、学びはあります。

情報の伝わりにくさ、誤解されやすさ

仕事の仕方や、組織文化を変えていこう!という改革があったとします。改革には当然現状があり、現状にはそれを作ってきた人たちそれぞれの思いやかかわり方があります。
ある人から見れば「悪」もそうでない人から見れば「必要悪」かもしれないし、極端な場合「善」であり「存在意義」ですらあります。
気軽に「変えちゃえばいいじゃん」で終わりではありません。一面だけ見て分かった気になるのは性急かもしれません。だから改革は難しい。
改革には、政治もからみます。「●●さんは抵抗勢力」という証言が本当に正確なのか、は裏を取ってみなくてはなりません。
ただ、代弁させられているだけかもしれません。単純にシャイで無口なだけかもしれません。こちらのメッセージが十分に伝わらず、誤解を生んでいるのかもしれません。同じ者を見ても断片の情報だけでは、全く異なる解釈にもなり得るのです。
だから改革は難しい。

何かを変えようとするエネルギー

何かを訴えようとする時に、誰かが信念を持って発信しないともしかしたら何も始まりません。一見すると何の得にもならないように見えます。それどころか不利益を被るリスクさえある場合もあります。
ここはもう、損得ではなく社会的意義や責任感の世界でしょう。言い方を変えると「自分が生きる意味」とか「人生における志」ということもできるかもしれません。
そういったものを明確に持ち、それに向かって邁進できる人生ってすばらしいですね。
 
もちろん、村上春樹という作家も、もしかしたらもっと若い頃はここまでの覚悟をできなかったかもしれませんが、この事件の時には既にいわゆる国民的作家としてのポジションを築いていて、社会的地位や年齢面でも十分に成熟していたのだと思います。
年齢という面では彼はこの作品を上梓したときには47歳前後だったはずです。自分自身も甘いことばかりは言ってられないなあ、と感じる次第です。
 
みなさんはどう思われますか。