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たたき落とすか、差し伸べるか 〜人は(時間はかかるけど)成長するもの。大局的に見守りたい〜

こんにちは。

組織によって「できる」「できない」の基準が異なることがあります。

「あの人は感性の人だ」という言葉が、褒め言葉の組織があれば、批判の言葉である組織もあります。

「できない」事に対する対処も全く違ったものであったりします。

同業であったとしても、全く異なるカルチャーを持った組織もあります。

大切にしているものが少しずつ異なっているから、当然かもしれません。

キャリアを長く重ねると、この大切にしているものというのが、自分の中で固まってきます。

こればっかりは譲れない、どんな状況でも。というものができてくる訳です。

表現を変えると、老いてくるとか、柔軟性に欠けてくる、とも言うのでしょう。

若い頃の先輩の教え

僕は自著の中で

「『あいつ使えない』は敗北宣言と考える」

と書いています。これは駆け出しの頃先輩が言った言葉です。

「あいつ使えない」はHe is not useful. ではなくI cannot use himであると考えろ、そうすればギリギリまで自責の範囲で改善努力ができるはずだ、という意図です。

なかなか巧く行かない仕事や、動きの「悪い」メンバーに会う事もあります。

もともとそういうメンバーとの仕事であっても、ギリギリまで期待を寄せ、相手をモチベートして目標に向かうということを信念としてきました。

自分が過去、先輩にそうしてもらった自覚があります。だから早期にあきらめたら本来立派に育つ芽を摘んでしまう事になり、自分が後悔すると思うからです。

でも、そうでない組織もあります。刹那的に判断して、思うように動かなければ「切る」と公言する、そんな組織も。

三つ子の魂百まで

残念ながら、僕はそんな組織に仮に入ったとしても人を簡単に見捨てる事ができません。時には「同罪」としてはじかれるような事になるかもしれませんが、ギリギリまで人の成長したい、とか、貢献したい、という志向に期待したいと思っています。

小さな事を積み重ねる事でそのうちの幾つかの芽が成長して、組織の文化や常識をかえていけたらな、と期待したりもしています。

なんでかって言うと、繰り返しになりますが過去自分がそのように育ててもらった恩もあるし、自分が所属するならそういう雰囲気の集団に所属していたいと思うからです。

ま、強がりとか理想主義かもしれません。一時的にはえらい労力もかかります。でも長い目で見て何となくですが結果的に近道であったり、効果が高かったりするんじゃないでしょうか。

みなさんは、どう思われますか?