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自分でない誰かの責任!? 〜これからの社会を担う「ミドル」として〜

こんにちは。

ミドルが組織を動かす!?

日本の組織の特徴として、「現場」または「ミドル」に実質の権限があり、実際の運営はこのミドル層によって成り立っているといわれてきました。

一方で最近、ミドル層の意識改革が組織の課題になっていると耳にする事が多いです。

これだけ聞くと、ミドルが弱くなったから日本の組織も弱くなったと聞こえなくもないです。

まさにミドルど真ん中の自分たちとしては若干耳が痛いところです。

このような「説」というのはなかなかその真偽を証明しにくいので、感覚や帰納的な状況証拠でその確からしさを確認するしかないのですが、実は僕の感覚としてもそんなに間違っていないというのが率直な意見です。

自分ではない誰かの責任

先日もミドルの集団と議論することがあったのですが「なぜ自分たちの組織のパフォーマンスが上がらないか」という命題に対して、何度聞いても、誰に聞いても「為替」や「経営層の暴走」「計画のあまさ」といった「自分でない誰か」に対する分析しか出てこなかった、という経験をしました。

また「どうせ私たちは関係ない」「あれはあれ、これはこれ」という反応をする集団も多いです。

なんでこうなってしまったのでしょうか。

おそらく今「ミドル」と呼ばれる層は、日本社会がこの20年間直面してきた大きな社会の変化という不可抗力にさらされ、それに翻弄され続けた世代だからではないかと感じました。

結局頑張っても、より大きなものに呑まれるしかない、という経験を社会に出てからずっとしつづけたため、自分の責任でどうにかする、どうにかなるという感覚を忘れてしまったのではないかと思うのです。

自己効力感の喪失、という言い方もできると思います。

自分は違う、と思われるかもしれません。当然自己効力感をもっているひとも存在していますので「地上から自己効力感が消えた」というわけではなく、持っている人が激減した、という感じでしょう。

自己効力感を取り戻す第一歩は...

とはいえ、このまま日本の組織が沈んでいくとも思えません。というのは、少なくとも僕の周りには少なからずアツい(暑苦しい!?)人も多く、社会をよりよいものに変えていくぞと本気で思っている人も沢山いるからです。

そういうアツい人に全員がなる、というのもまた現実的ではありませんが、少なくとも「自分でない誰か、がやるだろう」ではなく「自分も責任の一旦を担っている」という発想になるだけで少しだけ、行動も変わってくるのではないかなと思うのです。

....なんてことを、つい先日ポストに投函されていた2週間後の衆議院選挙の候補者の公約を見ながら考えました。

まあ、少なくとも投票にだけは、行ってみようじゃありませんか。

そこがスタートラインですね。「そんな安易な」と思われるかもしれませんが結構大事な事だったりすると、僕は思っています。

皆さんはどう思われますか。