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余暇が生み出すもの ---フランスとドイツ、セルフエンプロイとエンプロイー、ワルと優等生

こんにちは

余暇とか、芸術、クリエイティビティについて考える機会がありました。

ホワイトカラー組織人としての自覚

友人から、お誘いいただいた宴席でのことです。

まず、集まった皆様のプロフィールが、普段僕が接する方々と違っている事が最初の印象でした。主にご自身でビジネスをやられている方、衣食住のホスピタリティを提供する方、芸術やメディア方面の方々。

冷静に考えると、6時台にドレスやブラックタイで集まるためには、この宴席自体がご自身のプロフェッションと直結している方々なのでしょう。

僕自身は会社から直行しました。当然遅れて到着し、普通のスーツ。タイはお店のご配慮でお借りする事が出来ました。(感謝です&うっかり、着用したまま帰宅したので、次回お邪魔した際お返しします)

そんなこんなで正直、会が始まったころは「もしかしたら相当場違いなところに来たのでは」と若干ビビっていました。

まさにクリエティブな空間

食事やワイン、インテリアなど世界で活躍するプロフェッショナルの皆さんが腕をふるわれており、見事な会でした。

テーマはフランスVSドイツ。

食材やワインなどはそのテーマに沿いつつ、不思議に調和していました。

...と、ここまではブログ”Off”のテーマなのですが、ここからが”On”のテーマであるホワイトカラーの生産性のお話。

食事のメニューを解説してくださった、レストランアイのオーナー兼シェフの松嶋さんがコメントされていましたが、フランスのクリエイティビティというのは、バカンスが一つの原動力になっている、とのことでした。フランスは特に長期のバカンスを取得するのが習慣と聞いた事があります。

なるほどー。

クリエイティビティが生まれる瞬間とは

ハイバーチェンジエイジと言われる昨今、異様なまでに高いプレッシャーの中で働くホワイトカラー組織人は、つい日々の仕事に押されて、クリエイティビティを失ってはいないか、と感じています。

これは、クリエイティビティの無い人がホワイトカラー組織人になるか、というと決してそうではないと思います。

日本のホワイトカラー組織人のクリエイティビティを削ぐ要因がその構造の中にくみこまれているからだと思っています。

すなわち、余暇の少なさ。

自分自身を振り返ってみても、盆や正月には家族と数日を過ごすことで、積もり積もったものをデトックスしている感があります。

それが、1週間を越えると、後半はエネルギーが重点されて、いろいろな発想が生まれてくるのを感じます。

「この事だな」と感じました。

パーティは雰囲気よく流れ、後半には同じく賓客でありピアニストの永田ジョージさんの生演奏を堪能しました。

1st Encounter - Live at Coffee Bigaku

食事中の会話で、永田さんがexIBMerであったことが分かりました。共通の知り合いも複数。たしかに、以前IBMを辞めてプロフェッショナルのミュージシャンになった人がいる、とは聞いていましたが、まさかここでお会いするとは。まさにEncounterですね。

つい先頃まで同じ会社で同じビジネス目標に向かっていた仲間が違う世界で一流として活躍しているのを見て、インスピレーションを受けないはずはありませんね。

対比の中で考えたこと

それそれの世界でご自身の名前でプロフェッショナルとして活躍されている人に接し、当初は会社員としての顔で(あの場ではマイノリティでした)参加していた僕も、だんだん個人事業の方の顔が前に出てきているのを感じました。

と同時に、このような世界って、日々組織の中で消耗する我々のようなホワイトカラー組織人にも必要な時間なんだな、って強く思いました。

日々の仕事で消耗した心を元に戻すのは、やはり芸術や余暇に限ります。元に戻すだけではなくさらにクリエイティブにするにも質の良い芸術や余暇だとも感じました。

ただ、日本のホワイトカラー組織人にとってのチャレンジは、拘束時間が長く、芸術を堪能したり休暇を取得する機会そのものが少ない、ということです。

これでは生産性が下がる一方ですよね。

生産性を上げるために、積極的に休んだり、芸術に触れる機会をふやしたりして、デトックスし、クリエイティビティに磨きをかける、という良循環に移せないものでしょうか。

フランスとドイツ、独立したプロフェッショナルとホワイトカラー組織人の対比を見るにつけ、そんな事を考えるきっかけになった数時間でした。

あ、ちなみに副題の最後の「ワルと優等生」の対比は、この会に誘ってくださった友人との会話の中で、自分たちの違いをそれぞれ認識して補完関係にある、と結論付けた際に使った言葉です。

対比こそ価値の源泉

対比すなわち水と油ではなく、むしろ対比の構造こそ、補い合って価値を生み出すのではないでしょうか。ハードワークと余暇の関係のように。

皆さんはどう思われますか?