「傍流」を「本流」に変えられる組織 〜Watson Summitを終えて〜

こんにちは。

今週IBM Japanにとって年間最大のイベントであるWatson Summit 2017が実施されました。

内容の詳細はこちらをご覧ください。

IBM Watson Summit 2017 | IBMイベント・ポータルサイト

社員側でありながら、ものすごいイベントだったな、と思います。

内外の注目度合いも、初めてWatsonの冠を戴きインパクトも高かった昨年と比べても圧倒的でした。改めて内輪ながら企画立案に関与したメンバーに敬意と感謝の意を表したいと感じています。
(社内的には、これだけの投資を回収すべく現場の我々が動く番ですね...)

Watsonの沿革

ここから先が本題です。

大盛況であったとはいえ、Watson事業は最初からIBMのビジネスの根幹であったわけではありません。
社員として初めてこの”Watson“の名を耳にしたのは2011年でした。

www.ibm.com当時の社員としての僕たちの反応としては「これは何か仕事と関係あるのだろうか?」「なんでこんなことで騒いでいるのか?」「この忙しいのに、何故こんなことにお金を投資するのだろう?」といったものが主流だったようにおもいます。

というか、そもそも大半の人が一般報道と同じ扱いで解釈していました。

ところが、CEOレターなどでコメントされていたり、”Watson事業部”が設立されはじめました。

それでも

「あー、海の向こうの話なんだろうな」

というのが空気でした。

そして、そのうち日本でも導入事例の報道が出始め、「Watson事業部」ができるとの報が。2014-2015年あたりでしょうか。

この辺りから、どうやら会社も本気らしい、という空気が出てきました。

報道も加熱し始め、いろいろな企業が人工知能というキーワードでのコミュニケーション活動を開始し始めたのが2016年頃でしょうか。

その空気をリードするように、それまで別の名前で実施していた日本IBMのイベントも2016年からWatson Summitと言うようになりました。

とはいえ、それでも、それでも、それでも会社の収益の主流は既存のビジネスが中心でした。

「傍流」から一躍「本流」へ

そんな時代を通じて今があります。そして今回の大盛況のWatson Summit 2017。

今のWatsonに繋がる基礎研究は2005年頃から始まったそうです。

そのころのメンバーですら今を具体的に想像していたでしょうか。おそらく希望は持っていたものの、想像はできなかったのだろうと想像します。

日本でも初期にWatson事業にかかわった人たちも、確信に近い将来展望はあったかもしれませんが、今程の自信ではなかったはずです。

まさに面目躍如といった感じなのではないでしょうか。

必ずしもWatsonのケースに全て当てはまらないかもしれませんが、ここで僕が思いうかんだキーワードが「傍流」という言葉です。

Watsonは今でこそ会社の柱として正式に戦略やビジョンの中に位置づけられています。しかし敢えて言えば、それまでの中心はシステムインテグレーションやパッケージソフトウェアの導入支援といったサービス事業でした。

これらのビジネスの方が規模が大きいですし、優秀人材も集まっておりまさに「本流」と言われた時期が長く続いていたのです。

そちらからはWatsonは「傍流」とみられていた感は否めませんでした。

しかし振り返ってみると、1990年代、大きくIBMがサービス事業に舵を切らなければならない時には、ハードウェア事業からは、サービス事業が「傍流」と見られていたわけで、なかなかその変革が進まないためにPWCコンサルティングビジネスを2002年に買ってテコ入れした歴史があります。その音頭取りをしたのは現CEOのジニー・ロメッティーだったわけです。

あまり表には出ませんが、やはり業態転換を図る時にはいろいろな抵抗や、それに伴う摩擦がありました。

「傍流」を「本流」に変えられる組織が残る

歴史は繰り返すといいますが、大きく業態転換を図る時にはいろいろな歪みがあるとともに、必ず「傍流」扱いされる将来の「本流」があります。

この「傍流」を「傍流」のまま潰してしまわず、または潰さないまでも立ち上がるまでに不必要な時間をかけず、着実に育てられる組織が環境変化にともなう変遷を生き抜いてこられるのだな、と思ったわけです。

皆さんの周りにいませんか?将来の「主流」を「傍流」だと言ってないがしろにし、潰しかねない現在の「主流」の人たち。もしくは「傍流」すら立ち上げられない人たち。

だいぶ遠回りな論理展開になりましたが、大盛会になったWatson Summit 2017を通じて感じたことでした。

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Cognitive時代の人間の価値とは 〜DHBR最新号より〜

こんにちは。

知性を問う!

最近はなんか自分の書籍も含めて、本稿は書評が中心になってしまっていますが今回も読後感になりました。ただ「ホワイトカラーの生産性向上」という意味で共通点がある書籍しか選んでおりませんのでご安心ください。

さて、「ホワイトカラーの生産性向上」テーマに限らず読みたい本だらけで、発売からだいぶ時間が経ってしまいましたが、岩佐編集長による最後のダイヤモンドハーバードビジネスレビュー「知性を問う」の論考を読み始めました。

(ちなみに、今5冊の本を同時並行で読んでしまっています。性格なのでしょうか。時間を過ごす各部屋に置いたり、カバンの中に忍ばせたりしています。)

まず、やはりヤフーの安宅さんの論文を読みました。

「知性の核心は知覚にある」と題したこの論文、始まりは「知覚」というものについて解説したパートで始まったのですが少し難易度が高い感じがしました。だんだん読み進むにつれ僕に取っては身近な話題になってきたので、もし最初に挫折しそうになった人は是非へこたれず読み続けてください。ちなみに僕は点二回読んでだいぶ理解が進みました。(まあ、当たり前ですが)

課題解決2つのカタチと「知性」

前回拝読した人工知能特集のときもそう思ったのですが、3歩先行くというよりは半歩さきゆく、というイメージなので、「そうじゃないかなー」とおもっていたことや、感覚で理解したつもりになっていたことを「そうそう、こう言うことを言いたかったんだ」とか「漠然と思っていたことって、つまりはこれだったのか」という気付きを与えてもらえます。

僕がもっとも「そうそう、これこれ」と思ったのが、掲載号でいうとP40以降です。

知性が示す課題解決の2つのタイプとして「ギャップフィル型」と「ビジョン設定型」の比較です。

「ギャップフィル型」とは、問題発生時に回復のためのアクションを考え実行し、現状を回復すること。「ビジョン設定型」は向かうべき方向性を定め、そこに至るまでの道筋を描きアクションをとることと解釈しました。

これ、このままジョン・コッターの「マネジメント」と「リーダーシップ」の整理に対応するな、と感じました。

また、安宅さんが『「ビジョン設定型」のアプローチを取るべき時に「ギャップフィル型」のアプローチをとってしまっている例をたくさん見てきた』と仰るように、この誤解というか知性の限界は現場で頻発していると思います。枚挙にイトマがないのです。今現場でこれに直面していることもあり、この部分が一番僕には響きました。

そして、今後AIがどんどん仕事場に入ってきた時にも人間に残っていくのはこの「ビジョン設定型」のアプローチなのだ、と理解しました。

とすると、「マネジメント」が行っている既存事業はつぎつぎとAIがとってかわる領域になっていき、人間が関与しつづけるのは新しい領域を中心としたよりクリエイティブで「リーダーシップ」が求められる領域になっていくのでしょう。

知性を鍛えるために

この場面で求められる「知性」を鍛えるためには、大きく二つのマインドセットが求められる、とも最後に書かれています。

キーワードは「hands-on / first-handの経験」と「言葉、数値になっていない世界が大半であることを受け入れること」ということです。

一次情報に基づき「自らの知性」を働かせること、そして右脳的な知性を解放して知覚することに抵抗をもたないこと、というメッセージと解釈しました。

論文を肯定的に読んでいるからかもしれないけれど、自分としてはそういう時代への準備が意外にできているんじゃないかな、と思いました。

もとが楽観的なこともあり、とうとう時代が追いついてきたのかな、と本気で思っている自分がいて少し複雑な気持ちになりました。

Cognitive 技術をつかったHR領域のソフトウェアを世にひろめて、より効率的で品質の高いHRの実現をお手伝いするために仕事をしていることもあり、非常に興味深く拝読しました。

この後に続く朝井リョウさんのインタビューも楽しみです。(小説をかったのでどちらを先に読もうかな)

皆さんも是非読んでみてください。

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福澤諭吉が本当に言ってるんです 〜分かりやすくしすぎたか!?〜

こんにちは。

『現代語訳 学問のすすめ』への反応

『現代語訳 学問のすすめ』を出版して一ヶ月がたちました。
本作に限らず本を出して学んだことに、読者の方からの反応って発見や学ぶことが多い、というものがあります。

「こういう表現をすると、世の中の常識としてはそのように解釈されるのか」とか「自分の伝えたかったことが伝わっている!」というものから、自分が想定していた以上の反応をいただき、自分が書いた文章にもかかわらず「そんなに深い学びがあるのかー」とか「意外にいいこと言ってるんだなー」という感想をもつこともあります。

今回の著作についてもイベントの場などで直接コメントいただく感想以外にも、ブログや書評などでコメントいただいていたりします。

「現代語訳学問のすすめ」著者の河野英太郎さんの話を聞いて感じたこと - たっけのメモ

とか、

Amazon書評

などなど。

大変うれしいです。引き続きみなさん、よろしくお願いします。

まさか...福澤諭吉がこんなこと言ってる?

そんな中、今回の企画ならではという反応もありました。

動画 | 本の動画投稿コミュニティサイト「本TUBE」
こちらでインタビューしてくださった中村さんのコメントにもあるように、これまで「学問のすすめ」を呼んだことがない方で、そのタイトルや醸し出す雰囲気から一般に想像される内容と実際に書かれている内容のギャップからか
「本当にこれ、福澤諭吉が言っているんですか?」
という反応です。

言ってるんです!

たとえば、先のインタビューの中でも話題になっている「9編 お金のためだけに働かない」に出てくる「アリンコ」という表現についてですが僕は以下のように翻訳しました。

こうして細く長く生きながらえることに注力して、一軒の家を守っている人がいたとします。この人は「自分は独立して生計を立てている」と誇らしげに言いますが、それは大いなる勘違いで、このレベルでは、せいぜい駆け出しのアリンコ程度に過ぎません。一生頑張っても、アリンコの生涯の業績にに並ぶことはできないでしょう。

実際には原典では次のように書かれています。

とにもかくにも一軒の家を守る者あれば、みずから独立の活計を得たりとて得意の色をなし、世の人もこれを目して不覊独立の人物と言い、過分の働きをなしたる手柄もののように称すれども、その実は大なる間違いならずや。この人はただ蟻の門人と言うべきのみ。生涯の事業は蟻の右に出ずるを得ず。

これなど、あまりに身近な表現だったためか、原典をご存じない方には翻訳著者である僕の創作だとおもわれている節があります。

1万円札のまじめな表情からは「アリンコ」とういう表現とはつながらないでしょうね。
なので、広告を出稿した時にも「超訳」という表現が使われてしまったこともありました。
超訳とは、”超訳者”の独自解釈がはいったり、大幅に内容を削ぎ落とした部分訳のことをさすことが多いのですが、今回の『現代語訳 学問のすすめ』逐語訳です。
分かりやすく表現を変えた部分はたくさん(というかほぼ全部)あっても、要素を削除したり独自解釈を加えた部分はありません。
現代人の僕が独自に創りだした、そう見えてしまうほど分かりやすく訳したためこのような反応になってしまったわけですね!!
他にも、「こんなことは3歳の子供でも分かる」とか、「やりたければ、勝手に1人でやっていればいい」「こういうことをいうのは小者でしょう」などと結構からくちな面白い表現を多用しています。
これも全て、僕の創作ではなく実際に原典で福澤諭吉が言っている表現を現代語に訳したものなのです。

福澤諭吉の感情も現代に蘇らせる

原典の表現や従来の”現代語訳”では、今の時代の人たちに伝わりにくかった福澤諭吉の感情面もこのように表現することで伝わるようになっています。

原典の出版当時にはおそらくそれまでの古文的な表現からはかなり画期的に新しい表現だったはずで、であるが故に当時の人口の10人に1人が手に取ったといわれるほど出回ったのだと思います。

それを今の基準でよみがえらせる、というのは大変有意義な仕事でした。

是非一度手に取ってみて頂きたいです。

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競泳は個人競技か 〜松田丈志・久世由美子「自超力」より〜

こんにちは。

二週連続で当ブログは、本を読んで学んだことを報告します。

スーパーアスリートの本!

今回は競泳元日本代表の松田丈志さんと、そのコーチを28年にわたり二人三脚でつとめられた久世由美子さんの共著「自超力」です。

出版社が最初の著作を出版くださったディスカヴァー21だということ、僕自身が30年以上泳ぎ続けていること、それもあってアスリートのノウハウはビジネスに活かせると信じている者であるということに加えて、光栄なことに、松田さんご本人から紹介をいただいたこともあり(僕が自分の本をご紹介したことが切っ掛けですが)早速拝読しました。

共著というカタチを取っていて、松田さんと久世さんが交互にご自身の経験にもとづく考えを記述する形式でした。

読みながら、気になった箇所に印を付けていくのが僕の読み方なのですが、読み終わって改めて印を付けた場所を振り返ってみると、幾つか特徴があるのに気がつきました。

やるかやらないか。できるできないではない。

まず、1つ目。

これは取り入れたい、とおもったことの大半が「だれでも、やろうと思えばできること」だったことです。

4大会オリンピック出場、通算4つのオリンピックメダルって普通の成果ではありません。だからよっぽど特殊なことばかりをやられてきたのかもしれない、という印象があるのですが(もちろん、トレーニングの質や量などの負荷は特別だったでしょうが)そればかりではないのです。

例えば、お二人は毎日練習振り返りのノートを残しておられたということです。(なんと250冊とか!)これ、毎日できるかどうかは別として、ノートに書き記すことそのものは、その気になれば誰でもできることです。

文字化することで改めて整理されたり、後々振り返ったりすることは改善を加えたり、自分の成長を確認したりする上で大変重要です。仕事をした日は毎日つけてもいいですし、週に一度と決めてやってみるのもいいでしょう。

他にも、久世コーチがライアン・ロクテという米国のオリンピック金メダリストに合同練習を申し込むときの逸話も、同じです。遠慮してしまいがちな状況ではありますがロクテのコーチに直談判に行かれて、OKを取ってきたわけですが、結果的にこれも理屈上は「やるか、やらないか」だけであって、特別な才能や長時間にわたるトレーニングがないとできない行動ではなものです。

とはいえ、この2つの出来事は結果的に松田さんの戦績に大きな好影響を及ぼしているわけです。

これ、ビジネスの世界にもピッタリ当てはまりますよね。

会議で決まったことを誤解の内容に改めて確認する、とかアクションは必ず実施したかどうかを確認する、ということは全く才能や努力は必要ありません。やるか、やらないかだけです。

ただ、実際にちゃんとやっている人が少ないということもまた事実ですけどね。

競泳は個人競技ではありますが...

もう1つの特徴が、印を付けた箇所の8割以上が「チームに関すること」だったことです。

あれ、競泳って個人種目じゃなかったっけ?

特に競泳ってタイムを競うものであって、誰かに採点してもらうものではありません。

スタートした後は、自分のコースは自分だけしか泳いでいないため意図的に目を向けない限り対戦相手も見えません。水の中にいるから音もあまり聞こえないため対戦相手の声はおろか応援の声だって聞こえないことが大半です。すなわち究極の個人競技なのです。

そんな競技のアスリートにかかわらず、アテネの選手村伝言板での北島選手に対するチームからの応援メッセージのエピソードとか、「周りから応援される人であれ」とか「チームの融和が全体のレベルアップに繋がる」とか、故郷や親しい人たちとのつながりといった内容に言及されていました。

(で、それにことごとく印をつけた僕がいました。)

よく考えてみると自分の最近の仕事を振り返ってみても、自分でどんどんアイデアが出てくることもあり、それなりにやることがあって回りきらないことがほとんどです。

そういうときって得てして、自己嫌悪に陥ったり、自暴自棄やひとりよがりになったりしそうなものですが、そういうときに周りにチームがあることを思い出すようにしています。

一緒に同じ目標に向かっているメンバーがいると思うと1人ではないことを具体的に自覚できますし「できないかもしれない!」とあせっていたことが「できるかもしれない」に変わることが感じられるものです。

そもそも、会社での仕事は個人競技どころか、会社そのものが”Company(仲間)”というくらいチームでの活動を前提としているのですからね。

 

本作は、常人をこえたスーパーアスリートのノウハウをかたった本ではありますが、随所に一般のビジネスパーソンが日々悩むことに対するヒントが満載の本だと思うのですが、みなさんはどう思われるでしょうか。

一度手に取ってみる価値があると思います。

夢を喜びに変える 自超力

競泳は個人競技か 〜松田丈志・久世由美子「自超力」より〜

こんにちは。

二週連続で当ブログは、本を読んで学んだことを報告します。

スーパーアスリートの本!

今回は競泳元日本代表の松田丈志さんと、そのコーチを28年にわたり二人三脚でつとめられた久世由美子さんの共著「自超力」です。

出版社が最初の著作を出版くださったディスカヴァー21だということ、僕自身が30年以上泳ぎ続けていること、それもあってアスリートのノウハウはビジネスに活かせると信じている者であるということに加えて、光栄なことに、松田さんご本人から紹介をいただいたこともあり(僕が自分の本をご紹介したことが切っ掛けですが)早速拝読しました。

共著というカタチを取っていて、松田さんと久世さんが交互にご自身の経験にもとづく考えを記述する形式でした。

読みながら、気になった箇所に印を付けていくのが僕の読み方なのですが、読み終わって改めて印を付けた場所を振り返ってみると、幾つか特徴があるのに気がつきました。

やるかやらないか。できるできないではない。

まず、1つ目。

これは取り入れたい、とおもったことの大半が「だれでも、やろうと思えばできること」だったことです。

4大会オリンピック出場、通算4つのオリンピックメダルって普通の成果ではありません。だからよっぽど特殊なことばかりをやられてきたのかもしれない、という印象があるのですが(もちろん、トレーニングの質や量などの負荷は特別だったでしょうが)そればかりではないのです。

例えば、お二人は毎日練習振り返りのノートを残しておられたということです。(なんと250冊とか!)これ、毎日できるかどうかは別として、ノートに書き記すことそのものは、その気になれば誰でもできることです。

文字化することで改めて整理されたり、後々振り返ったりすることは改善を加えたり、自分の成長を確認したりする上で大変重要です。仕事をした日は毎日つけてもいいですし、週に一度と決めてやってみるのもいいでしょう。

他にも、久世コーチがライアン・ロクテという米国のオリンピック金メダリストに合同練習を申し込むときの逸話も、同じです。遠慮してしまいがちな状況ではありますがロクテのコーチに直談判に行かれて、OKを取ってきたわけですが、結果的にこれも理屈上は「やるか、やらないか」だけであって、特別な才能や長時間にわたるトレーニングがないとできない行動ではなものです。

とはいえ、この2つの出来事は結果的に松田さんの戦績に大きな好影響を及ぼしているわけです。

これ、ビジネスの世界にもピッタリ当てはまりますよね。

会議で決まったことを誤解の内容に改めて確認する、とかアクションは必ず実施したかどうかを確認する、ということは全く才能や努力は必要ありません。やるか、やらないかだけです。

ただ、実際にちゃんとやっている人が少ないということもまた事実ですけどね。

競泳は個人競技ではありますが...

もう1つの特徴が、印を付けた箇所の8割以上が「チームに関すること」だったことです。

あれ、競泳って個人種目じゃなかったっけ?

特に競泳ってタイムを競うものであって、誰かに採点してもらうものではありません。

スタートした後は、自分のコースは自分だけしか泳いでいないため意図的に目を向けない限り対戦相手も見えません。水の中にいるから音もあまり聞こえないため対戦相手の声はおろか応援の声だって聞こえないことが大半です。すなわち究極の個人競技なのです。

そんな競技のアスリートにかかわらず、アテネの選手村伝言板での北島選手に対するチームからの応援メッセージのエピソードとか、「周りから応援される人であれ」とか「チームの融和が全体のレベルアップに繋がる」とか、故郷や親しい人たちとのつながりといった内容に言及されていました。

(で、それにことごとく印をつけた僕がいました。)

よく考えてみると自分の最近の仕事を振り返ってみても、自分でどんどんアイデアが出てくることもあり、それなりにやることがあって回りきらないことがほとんどです。

そういうときって得てして、自己嫌悪に陥ったり、自暴自棄やひとりよがりになったりしそうなものですが、そういうときに周りにチームがあることを思い出すようにしています。

一緒に同じ目標に向かっているメンバーがいると思うと1人ではないことを具体的に自覚できますし「できないかもしれない!」とあせっていたことが「できるかもしれない」に変わることが感じられるものです。

そもそも、会社での仕事は個人競技どころか、会社そのものが”Company(仲間)”というくらいチームでの活動を前提としているのですからね。

 

本作は、常人をこえたスーパーアスリートのノウハウをかたった本ではありますが、随所に一般のビジネスパーソンが日々悩むことに対するヒントが満載の本だと思うのですが、みなさんはどう思われるでしょうか。

一度手に取ってみる価値があると思います。

夢を喜びに変える 自超力

トヨタの自工程完結 ー 働き方改革のヒント満載

こんにちは。

トヨタ自動車の仕事の秘密

トヨタ自動車といえば、品質にこだわり続けることで有名な組織です。(現在Leaders2というドラマもやっていますね)特にその品質を生み出す製造方式は世界中での評価が高いですよね。

最近あるきっかけで、長らくトヨタ自動車の品質管理領域を担当されていた元副社長の佐々木眞一さんの『トヨタの自工程完結』という書籍を手に取りました。

タイトルではわかりにくいかもしれませんが、本ブログのテーマである「ホワイトカラーの仕事の効率化」を取り扱った本です。

トヨタでは製造を「現場」と呼ぶため「現場からオフィスまで」というタイトルになっていますが、オフィスワークが「現場」である組織も多いことだと思います。

この本では、トヨタの製造現場で培った高品質かつ高効率なら働き方を本社スタッフ部門に展開した(しつつある)取り組みを綴っています。

イノベーションとは必ずしも飛び道具というわけではない

僕は日頃からイノベーションは、必ずしも飛び道具からしか生まれる訳ではなく、日々のちょっとした工夫や改善を積み重ね、それを完遂することでも生まれ得ると思っています。特に働き方に関してはこれが当てはまります。

この本でも、同じことを説いているように思えるのです。

ただし、ちょっとした工夫や改善だけならその必要性を認識している人は世の中ごまんといます。

トヨタという組織の違うところは、その工夫を着実に実行してそれを組織のDNAと呼べるレベルにまで昇華しているところです。 

誰でも出来そうな簡単なことを、唱えるだけではなく実行しそれを継続し、さらにそれだけでもなくこれを徹底するというところに希少性があります。

通常の組織では「はいはい、そのとおりですね」とか「そんなの分かってる」となりそうなものですが、やるべきことは徹底的にやってみることにこだわっていることが文面から感じ取れるのです。

非常に共感をもったので、知り合いを通じて「お会いしたい!」と意思表明したところです。お会いしてお話できるといいなあ...

働き方改革の本質は効率的な働き方そのもの

 「働き方改革」を標榜する組織の、すべてのリーダーに是非手に取ってみてほしいと思います。

合わせて次の拙著たちも読んで頂ければ、さらに多面的に働き方改革の打ち手が見えるようになると思います。

99%の人がしていないたった1%の仕事のコツ

99%の人がしていないたった1%の仕事のコツ

99%の人がしていない たった1%のリーダーのコツ

99%の人がしていない たった1%のリーダーのコツ

現代語訳 学問のすすめ

現代語訳 学問のすすめ

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全打席フルスイングからの卒業(まだしてないけど。。。)

こんにちは。

アタマは体力の衰えを認めたがらない

今、いろいろなことが面白すぎてやりたいことが多すぎる状況です。

ただ、いかんせん一日は24時間です。そんでもって”体力”というやつは年ごとに落ちていくものです。わるいことに、僕の経験上体力の衰えをアタマ(というか気持ち)はあまり肯定したがりません。

初めて体力の衰え、というものを痛感したのが、30歳をちょっと過ぎた頃に出場した水泳の大会でした。

200メートルの競技に出場したときに、前半の100メートルを現役時代と同タイムで入ったのです。このまま行けるだろうと。しかし残念ながら後半の100メートルは想定よりも10秒以上落ちました。

その時に「これからは、体力ではなく知恵を使おう」と心に誓いました。

しかしその数ヶ月後、今度は知恵をつかおう、ということで25メートルの競技に出ました。残念ながら心に誓ったと考えていたことが「誓ったつもり」だったことが判明したのです。

午前中だけで25メートルを3競技出場し、翌日から肩が上がらなくなりました。よく考えたら全力で疾泳する短距離の方が体に与える負荷はどうしても高くなるモノです。。。結果、医師の診断は「だいぶ早めの、四十肩ですね」。

それで一年以上泳げませんでした。

やっぱりアタマでは理解したつもりでも気持ちは昔の残像を引きずっている。。。

やっぱり今でも全打席フルスイング...

そして、干支も一回りした今。

仕事も生活もやりたいコトがありすぎて依頼があれば当然前に進む。無くても自分で企画する。という状況がつづいています。

いわゆる四半期末になり、新刊も発売になり、引っ越しを強行し、娘の受験に卒業式、会いたい人もいっぱい、見たい映画や読みたい本も満載、その他相次ぐ週末のイベントもかさなり、。。。引っ越し当日の今週末はさすがにノドが少し痛くなりちょっと風邪気味っぽくなりました。

「やっぱ、詰め込み過ぎかなー」と自覚しつつ、まだあまり懲りていない自分にも冷静に気付いています。

今度こそ!

とはいえ、とはいえ。。。人様に迷惑をかけるようなことになってはいけません。ですので、やはり自重する必要はあるとは考えており、実行に移したいと今回は真剣に思いました。

同じように呑みに行っても意図的に量を減らすとか極力金曜日にするとか、本当に立て込んでいる時はタクシーを使って移動時間や体力を温存したり移動時間を仕事にあてたりするとか、ちょっとしたことでも工夫を重ね、ますます効率化を図っていきたいと思います。

その成果はあらためてこの場や別の発信媒体で共有していけたらなあと思います。

みなさんは、そんなこと考えることありませんか?

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